ヴェネツィア

サンタさんのしょっぱいケーキ

 

Natale con i tuoi, Pasqua con chi vuoi

クリスマスは親と、復活祭はお好きなひとと

クリスマスはキリスト教文化の伝統行事。親の家に親戚一同が集まる。一方、復活祭は春の祭り。各々自由に旅行や遠足に出かけ、春の空気を楽しむ。

Pietro Migliorini著 「Il grande libro dei proverbi」を参考

 

今日はクリスマスイブ。明日のクリスマスは恒例の、イタリアとのスカイプだ。

子どもがいることもあり、別れた夫とその家族とは、十何年たってもつきあいが続いている。誕生日など、折にふれて電話をしたり、メッセージをかわしたりして交流をしているが、クリスマスには必ずビデオ会話で顔を合わせる。そのイニシアティブをとってくれていたのが舅だった。

うちの子を溺愛し、目のなかに入れても痛くないほどかわいがってくれていた舅。残念ながら何年か前に亡くなり、ここで切れるかと思ったら、それまであまり顔を出さなかった元夫が、舅に代わってスカイプしてくるようになった。わだかまりが解けたのか、家長としての意識にめざめたのか、クリスマスのスカイプは彼が引きついで続いている。

ビデオで顔を合わせると、高齢の姑だけでなく、みんな年をとった。元夫、わたし、義理の姉と妹、その夫たちも、白髪が増え、顔の輪郭がゆるんできている。うちの子や甥っ子、姪っ子たちが二十歳を越えたのだから、まあ当然だ。それでもこうして、顔を見ておしゃべりしていると、そんな長い年月が過ぎたとは思えない。ヴェネツィアや山の家で過ごしたクリスマス、年末年始の日々が、まるで昨日のことのようだ。

「料理のティントレット」と舅が呼んだ姑は、料理が上手なひとだった。クリスマスにはそれこそ、はりきって腕をふるいそうなものなのに、意外にシンプルだった記憶がある。

バカラ・マンテカートと呼ばれる、干し鱈のペースト。シーフードのマリネ。エビのカクテル。そして、イタリアらしくもない、スモークサーモンのイギリス風サンドイッチ。「クリスマスイブのディナーは事前に準備しておけるものでなくちゃ。そうじゃないと主婦がゆっくり楽しめないでしょ?」保守的かと思いきや、意外に新しい考え方のひとなのであった。

山の家ではホワイトクリスマスを楽しんだ。まだそのころは家族でたったひとりの幼な子だったうちの子を、元夫や義理の兄、弟が、雪橇に乗せて遊ばせた。おとなたちは橇を引くのに息を切らせ、子どもは橇の上で頰を真っ赤にして笑っている。

日が落ち、暗くなると、夜空に天の河があらわれた。真っ暗な冬空に、ダイヤモンドをまぶしたかのような星たちの輝き。そのときばかりはおしゃべりな口をつぐんで、みんな静かに見とれた。

 

しかし、クリスマスの主役は、なんといっても子どもたちだ。子どもたちはサンタさんとプレゼントを楽しみにしていて、おとなは子どもたちを喜ばす演出を欠かさない。

「サンタさんにコーヒーとお菓子を用意しておいてあげようね」

イブには元夫が子どもに、パネットーネというクリスマスのお菓子をひと切れ、テーブルに準備していた。子どもは朝、目が覚めたら、真っ先にテーブルを見に行く。そしたらコーヒーカップは空、パネットーネもなくなっている。

「サンタさんが食べた!サンタさんが来た!」

目を輝かせる子ども。クリスマスツリーに目をやると、ソックスにはキャンディーが、根っこにはプレゼントの箱が届いている。

 

ヴェネツィアで過ごした最後のクリスマスイブは、本土側の近郊に住む義理の妹の家だった。うちの子が6才、甥っ子、姪っ子が5才のときだ。

元夫が赤い帽子と洋服でサンタさんに扮し、家の外を走るという演出をした。窓の外の闇に赤い帽子のサンタさんが走りすぎるのがちらっと見えると、子どもたちは、「サンタさんだ!サンタさんだ!」と大興奮。おおいに盛り上がった聖夜だった。

〜〜〜

 

15年前、東京に帰ってきて最初のクリスマスはちょっと切なかった。今まで大家族で迎えていたクリスマスが、母子ふたりきりになった。

「サンタさん、わたしが東京に引っ越したってわかるかなあ。それに、煙突がないと入れないんじゃない?」

子どもは心配している。わたしはたまらなくなって、子どもを抱きしめた。

「サンタさんは神さまと同じなの。どこにいてもわかるし、どこからでも入ってこられるから大丈夫だよ」

ふたりで自転車でクリスマスツリーを買いに行った。それはヴェネツィアの十分の一にも足らないミニツリーだったけど、子どもは喜んでくれた。

そのころわたしは仕事が過酷で、ほんとうはクリスマスどころじゃなかった。十何年ぶりの東京での、子連れの再出発。きびしさは予想していたものの、まさか毎日帰りが真夜中になるとまでは想像できなかった。つらいが、子どもはシッターさんに預けっぱなし。

こんなはずじゃなかった…。必ずしあわせにすると約束してイタリアを発ったのに、子どもの寝顔しか見られないような日が続いている。申し訳なさで胸がつぶれそうだったが、ごめん、家の大黒柱として、仕事は死守しなければならない。

クリスマスイブも間近にせまったある日、仕事に追われるなか、なんとか職場を抜け出して博品館までプレゼントを買いに行った。子どもがほしがっていた小さなお人形の家、シルバニアの家を買うためだ。

なんとしてでも子どもの喜ぶ顔が見たかった。子どものためだが、自分のためでもあった。子どものさびしそうな顔を見たりしたら、自分の心が折れてしまう。そんなむずかしい時期だった。

同僚たちの心遣いで、イブには残業しないで帰ることができた。子どもとふたり、ささやかなディナーを食べ、サンタさんのため、コーヒーとケーキを用意した。

「サンタさんに会いたいから起きてる」という子どもを寝かしつけたあと、コーヒーを飲み、ケーキを食べた。泣けてきて、ケーキがしょっぱくなってしまった。

〜〜〜

 

一年後、新しい職につき、ようやくひと並みの時間に帰れるようになった。その後もいろいろ試練は続いたが、徐々に生活も落ち着き、今年は日本で迎える16回目のクリスマスだ。

サンタさんのコーヒーとお菓子は、受験やらなんやらで忙しくなるにつれ、欠いてしまった。すっかり大きくなった娘は、今ではサンタさんより、ボーイフレンドと過ごすクリスマスに胸をはずませている。

サンタさん、ありがとう!子どもは無事、成長しました。

そして、最愛の娘…。たった6つで住み慣れた国を離れ、母親がそんな状況でさぞ心細かっただろうに、さびしいとも言わず、朝、顔をあわせると愛らしい笑顔を向けてくれた。そのおかげで、あのきびしい時期を乗り越えられた。

あの明るさはしかし、なんだったんだろう。小さい子ながら無意識に、あやうっかしい母親を助けようとしてくれたのだろうか。サンタさんが守ってくれていたのだろうか。

 

今夜はひさしぶりに、サンタさんにコーヒーとケーキを用意しようと思う。感謝をこめて。サンタさんを待っている子どもたちのもとに、サンタさんが元気でたどりつけるように。

そして、夜が更けたら食べちゃおう。きっと、もう、しょっぱくはならない。

 

 

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ABOUT ME
湊夏子
長いイタリア暮らしを経て、帰国。日英伊の3か国語でメシの種を稼ぎ、子どもを育てているシングルマム。
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