ヴェネツィア

サルーテの日に思う ペストとコロナ

 

毎年11月21日、ヴェネツィアの大運河に橋がひとつ増える(注1)。サンマルコ広場側から向こう岸のサンタマリア・デッラ・サルーテ教会を、船で作った架設の橋がつなぐのだ。この日はヴェネツィアのサルーテのお祭り(Festa della Salute)」。船橋はお参りに行く人々の参道となる。

船橋の画像は右のサイトで見られる https://evenice.it/blog/info/ponte-madonna-della-salute.ht

サンタマリア・デッラ・サルーテ教会(和名:救済の聖母マリア聖堂)、略してサルーテ教会は、17世紀初頭に大流行したペストの終焉を聖母マリアに感謝するために建立された。ヴェネツィアの人々はむこう一年の無病息災を祈りに、この日、サルーテ参りに出かける。

わたしもヴェネツィアに住んでいたころは毎年欠かさずお参りに行ったものだ。ほかの大勢の参詣客に押されながら船橋を渡り、教会のなかの聖母さまにろうそくを捧げる。 いっしょに行った元夫が、ペストは当時のヴェネツィアの人口を2年で3分の1にしてしまった、と教えてくれたが、なにぶん何百年も前の話だ。当時のわたしには遠い昔のこととしか感じられなかった。

それがこのたび、コロナでパンデミックというものを身をもって体験した。話に聞いていたペストのおそろしさを、ああ、こういうことだったのかと、ようやく肌で理解できた。特にイタリアは大勢の死者を出し、国難といっていいほどの打撃を受けたため、余計そう強く感じたのかもしれない。

イタリアは世界で最初に最も深刻なコロナ禍に見舞われた国だ。おびただしい数の犠牲者が出た。隔離が義務付けられ、だれもいなくなった街に救急車のサイレンが鳴り響く。医療は崩壊、死者を弔う鐘の音が立て続けに聞こえるような地域もあった。

日本にいるわたしのもとにイタリアの知り合いから次々と、日本のコロナの薬、アビガンへの問い合わせが入った。コロナにアビガンが効くという話をSNSで知ったのだという。彼らの声音は切迫していた。「その薬、なんとか手に入れられないのっ!?」

ニュースは日毎に増え続ける感染者数と死者数を報じている。このままでは国がなくなってしまうのではないか。そんな不安さえ頭をよぎったあのころ、サルーテ教会へのお参りの記憶がよみがえった。

教会内部の主祭壇。上部の彫刻は聖母マリアがペストを追い払うさまを表現している

 

献灯されたキャンドル。手前のキャンドルにはマリア像の絵が描かれている

 

ヴェネツィアのペスト禍は100年も続いたそうだ。そんなにも長い年月感染がおさまらないなんて、コロナ前には想像もつかなかった。衛生と医療の発達した時代・国に生まれたおかげで、感染病のおそろしさを知らずに生きて来られたからだ。しかし、すぐに終わると思っていたコロナ感染が1年、2年と長引き、もう3年ほども続いているのを見て、ペストもそういうことだったのかと初めてわかった。人類の歴史とは感染病との闘いの歴史であったのだと初めて実感した。

そして、コロナで手放せなくなったマスク。それまでだれも気に留めなかった小物が、突然、世界中でスポットライトを浴びるようになった。それで思い出したのがヴェネツィアのある仮面だ。

カーニバルで知られるヴェネツィアには街のあちこちに仮面屋さんがあり、パーティーや装飾用のデコラティブな仮面がショーウインドーを飾っている。外出のたびに見かけていたこれらの仮面のなかに、ひとつ、気味悪い仮面があった。白い仮面に鳥のくちばしのような長い鉤鼻が垂れた「医者のマスク」と呼ばれる仮面である。

この仮面はペストが蔓延した17世紀、医者や看護婦が感染予防としてつけていたものが由来だそうだ。当時は病原菌で汚染された空気をスパイスやハーブなどの匂いが消毒し、感染から身を守ると考えられていて、マスクの長い鼻の部分には何種類ものハーブのほか、お香、没薬、毒蛇の粉などが詰められていたとか(注2)

また、当時のヴェネツィアのペスト対策は、現代のコロナ対策とかなり似たものであったらしい。自宅隔離、居酒屋や教会など公共の場所の閉鎖、海外渡航者の隔離など。規則は今よりはるかにきびしく、守らなかった場合は絞首刑も免れなかったそうだ(注3)

ペスト感染は現代のコロナ同様、何度か拡大の波を繰り返した後、ようやく終わった。コロナもまだ何度もぶり返すのかもしれないが、いずれはおさまってくれるのだろう。

さて、サルーテのお祭りの話に戻る。

サルーテ参りも日本の縁日と同じで、お参りの後はお楽しみが待っている。参道にならぶ露店で揚げ菓子や綿菓子を食べたり、子どもは風船やおもちゃなどを買ってもらったり。そんなのどかでにぎやかな地元のお祭りは、コロナ禍で制限されていた。それが今年は通年通り開催されるという。

ペスト禍から400年たって、今度はコロナの終焉を祈る。サルーテ教会の聖母さまはこのたびもきっと、人々の願いを聞きとどけてくださるにちがいない。

(注1)正確には、橋はサルーテの祭日の前後何日間か、行事などのためにかけられている。

(注2)出典

https://www.nationalgeographic.it/storia-e-civilta/2020/03/il-mistero-della-macabra-maschera-forma-di-becco-dei-medici-della-peste

(注3)出典

https://www.mondosanita.it/peste-a-venezia-e-covid-senza-memoria-non-ce-storia/

ページ内の画像はヴェネツィア在住の中村美津子さんのご協力によるものです。Grazie!

Unsplashcanmandaweが撮影した写真  (表紙) Thank you!

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ABOUT ME
湊夏子
長いイタリア暮らしを経て、帰国。日英伊の3か国語でメシの種を稼ぎ、子どもを育てているシングルマム。