ヴェネツィア

今や希少 ヴェネツィアの春の地野菜

 

先日、白アスパラガスの記事を書いていて思い出した。やはり春が旬の、もうひとつのヴェネツィアの “アスパラガス” のことを。

それはふつうのより茎が細く、ひょろひょろしている。先の方には濃い緑の芽のようなものがいくつもついている。名前はブルスカンドリ(bruscandoli)。

見た目も味もちょっと野生のアスパラガスに似ているため、よく勘違いされるが(わたしも長年勘違いしていた)、アスパラではなく、ホップーそう、ビールの原材料のあのホップーの新芽なのだそうだ。

春になると野原の水辺などに萌え出てくる自生のそれを、ヴェネツィアやヴェネト地方ではリゾットやフリッタータにして食べる。また、白アスパラガスと同様、ゆでて、ゆで卵を添えて食べたりもする。

白アスパラガスがアスパラ界の貴族としたら、こちらは庶民。だけど味は負けていない。白アスパラが上品な、はんなりしたほろ苦さなのに比べ、ブルスカンドリはちょっと舌を刺すような、野趣のあるほろ苦さ。冬の間になまったからだに喝を入れるのにぴったりな味わいだ。

このブルスカンドリ、わたしがヴェネツィアに住んでいた十五、六年前までは、毎春、近所の八百屋さんで見かけていた。ブルスカンドリを見ると、ああ、春が来たなと思ったものだ。

それが先日、ヴェネツィア在住の友人からショックなことを聞いた。ブルスカンドリなんて最近は全然見ない、かろうじて中央市場のリアルトでちょっと見かけた程度だと。

そもそも個人経営の八百屋というものが、近年、軒並み街から消えたのだそうだ。残っている八百屋もとても高いので、スーパーで買うことが多い。さらに安いヴェネツィアの外のスーパーまで、遠出して買いに行ったりもするのだそう。

リアルト中央市場で100グラム3.5ユーロだったそう。なかなかのお値段です

 

ヴェネツィアでは生活物資の輸送はすべて船に頼っている。その分、ほかの街よりすでに物価が高いのに、昨今の燃料の高騰がそれに拍車をかけている。また、街の構造が現代の生活に合わないことによる人口流出、オーバーツーリズムといった問題も、長らくこの街を苦しめてきた。それに追い打ちをかけたのが、数年前に起きた大型の高潮による災害とコロナだった、と、友人は見る。

数年前の大規模な高潮では、大型船が河岸まで押し流され、建物や係留してあった船が壊された。莫大な被害があり、船や建物を修復しなければならないのに、続いてコロナのパンデミックが起き、経済活動が止められた。ヴェネツィアのような観光の街で、わずかな住人を相手に商売をしていた昔ながらの個人商店は、ただでさえ四苦八苦していたのが、それがとどめの一撃になったのではないか…。友人は生活者の視点から、そのように分析する。

昔、わたしがブルスカンドリを買っていた近所の八百屋さんも、もうないという。今ではバングラデシュ人の店員が観光客相手に飲み物やスナック、土産物を売る店に変わってしまったそうだ。

長年通った八百屋の女主人と息子さんの顔が思い出される。小さな雑種の茶色い犬もいた。彼らは今、どうしているだろう。

ブルスカンドリはもう、自分で田舎に摘みにでも行かない限り、なかなか口にできないものになってしまったようだ。ヴェネツィアの春の家庭料理の定番が、こうして消えていく。

 

同様なことが、カストラウール(castraure)にも起きている。

カストラウールというのは、ヴェネツィアのサンテラズモ島で栽培されているアーティチョークの新芽である。紫がかった小さな葉が特徴で、潟という塩分を含む場所で育つため、独特の風味がある。食通たちにも珍重され、地元の人に熱狂的に愛されている春の地野菜である。

中央の、紫色の芽がカストラウール

 

ふつうのアーティチョークは、ヴェネツィアでは、オリーブオイル、にんにく、パセリを加え、少量の水で炒め煮にするのがポピュラーな食べ方だが、カストラウールは新芽のやわらかい味と食感を味わうため、サラダなど、生で食べる。

小さなサンテラズモ島で採れる量など知れているし、春先の短い時期にしかお目にかかれない旬のもので、以前から高級野菜という位置付けではあった。それが、上述の友人によると、昨今さらに入手が困難になっているそうだ。

理由としては、街の近所の八百屋さん同様、個人農業の経営が行き詰まっていることが考えられる。昔からサンテラズモ島では農業が行われ、ヴェネツィアに新鮮な野菜を提供してきたが、今やグローバル化で海外から安価な野菜がいくらでも入ってくる。カストラウールの栽培は大変手間がかかり、家族経営の小規模農業では、現代では費用対効果が悪い。後継ぎ問題も深刻なのだそうだ。

 

ふーむ。

この文章はもともと、大好きなヴェネツィアの春野菜、ブルスカンドリを、この時期ヴェネツィアに行くことがあったらぜひ食べてね、というつもりで書き始めた。それが、ヴェネツィア在住の友人の話を聞き、今やブルスカンドリも、カストラウールも、容易には手に入らない希少なものになったと知った。

なんというか…。諸行無常を、春野菜の動向から知った春であった。

 

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*お話・画像はヴェネツィア在住のNakamura Mitsukoさんのご協力によるものです。Grazie mille!

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ABOUT ME
湊夏子
長いイタリア暮らしを経て、帰国。日英伊の3か国語でメシの種を稼ぎ、子どもを育てているシングルマム。
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