ヴェネツィア

オンブラが恋しい!

 

仕事帰りに一杯飲みたい、だれかとおしゃべりしたいと思っても、どこに行っていいかわからない。カフェテラスでちょっとひと息、それで十分なのだが、日本は雨が多いからか、テラスというのがあまりない。

そして東京は広い。知り合いと偶然に出会って、じゃあ一杯、なんて自然な成り行きにはならない。人も店も忙しいから事前の約束、予約が必要で、その日の気分でふらっと、は、ゆるされない。こんなとき、ヴェネツィアとオンブラが恋しくなる。

 

オンブラはヴェネツィアの食前酒の習慣だ。イタリア語で「日陰」を意味するオンブラは、ヴェネツィアではちょっと一杯といった意味で使われる。夕方に街で知り合いに会えば、「アンディアーモ・ア・オンブレ」(オンブラしよう)となるのである。

オンブラのいいのは気軽なところ。行き当たりばったりなところ。何週間も前から約束したり、予約したりしなくても、その日の気分と成り行きでちょっと一杯を楽しめるのが魅力だ。

それを可能にしているのが、まずは街がほどよく小さいこと。人が歩いてまわれるほどの、「misura d’uomo、人間サイズ」で、広場やカフェテラスが多いから、外に出ればだれかしら知り合いに会う。

また、カーニバルやレガッタをはじめお祭りが多い街なので、常になんとなく祝祭的な気分がただよっている。華やかな歴史と独特の魅力が外国からも多くの学生、趣味人やアーティストを引き寄せ、コスモポリタンな活気にも満ちている。

さらに、仕事の時間とリズムが日本に比べてゆったりしている。高層ビルで深夜まで残業していれば、カフェでアペリティフなんてものではすまない。バーでウィスキーでもあおりたくなる。

そして、なんといっても車がない。運転しないから飲んで帰っても大丈夫だ。

そんなわけで、ヴェネツィア人たちは日々、オンブラを楽しんでいる。その舞台となるのがバールと呼ばれるカフェやカフェテラス、そしてバッカリと呼ばれるヴェネツィア風居酒屋だ。

バールは基本はカフェだがお酒も出す。喫茶店と飲み屋がいっしょになっているので、だれでも入りやすい。バッカリと呼ばれるヴェネツィア風居酒屋は、もう少し飲み屋の色が強くなるが、それでもコーヒーだけでかまわない。だから、お酒を飲まない人も出入りするし、子連れのおかあさんなんかもうしろめたさなく利用できる。オンブラはみんなに開かれた社交場なのだ。

飲むのはたいていスプリッツ。ヴェネツィアのスプリッツは白ワインを炭酸水で割って、アペロルという甘口のリキュールを加えたものが定番だ。ほかには白ワインや、プロセッコというこの地方の辛口のスパークリングワインなんかが多い。大抵はカウンターで立ち飲みしながら、軽く世間話などをかわす。夕方時分にはこのオンブラをする地元の人たちで、街が一瞬、華やかにさんざめく。

お腹がすいていれば、カウンターに所狭しと並んだ「チケッティ」を立ったままつまむ。「チケッティ」とは、ひとくちサイズの肉団子やいわしの南蛮風、ゆで卵とアンチョビ、酢漬けの小玉葱などのおつまみ類。いかにも食欲をそそる見た目なのでいっぱい食べたくなるが、地元の人は晩御飯は家で食べるので、たいていは無料のポテトチップスをつまむぐらい。

長居はしない。ひと息ついたら各自の生活へと帰っていくのだが、1日の終わりに兎にも角にもオンブラがある喜び!仕事で厄介が生じても、介護や子育てで疲れても、とりあえず広場に行けばオンブラができる。隣り合わせた人と冗談を交わして、1日に区切りをつけられるのだ。

 

そんな場所を東京にもほしくて、仕事帰りに物色しているのだが、なかなかむずかしい。街の雰囲気を感じられるオープンな場所で、それこそ広場みたいな場所で軽く飲みたいのだが、なかなかない。たまに見つけても、若い人ばかり、外国人ばかりという店だとちょっと入りづらい。客層がバラバラなところに、ちょこっと紛れ込みたいのだから。

それが、最近、ちょっと気になる店を見つけた。近所の神社の境内にワイン屋台が出てたのだ。小さな屋台の前には老若男女が何人かグラスを持って談笑している。ビジネスマンみたいな人もいれば、奥様ふうの人も、若者もいる。屋外だから気軽に立ち寄り、立ち去れそうだ。うん、ぜひ近いうち、行ってみよう!

 

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ABOUT ME
湊夏子
長いイタリア暮らしを経て、帰国。日英伊の3か国語でメシの種を稼ぎ、子どもを育てているシングルマム。
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