教育

議論力をつちかうイタリアの口頭試問

口頭試問

 

こんにちは!湊夏子です。

この記事ではイタリアの学校教育における口頭試問についてご紹介します。

教育、学校、議論力、コミュニケーション力に関心のある方が対象です。

イタリア人の話す力は口頭試問で鍛えられる

みなさんは議論になって、自分の意見をうまく言えなくて悔しい思いをしたことありませんか?

わたしはあります。論理的に説明できなかったり、相手の勢いに押されて声を挟めなかったり、感情的になってしまったり

日本人相手のときもそうですが、欧米人相手のときは特にそうです。母国語ではないというハンデを引き算してもまだ、弁舌で負けると感じることが多い。

そんなときいつも思うのが、日本の学校教育にイタリアのような「口頭試問(esame orale )」があればよかったのに、ということです。

口頭試問というのは試験官の質問に口頭で答えさせる試験のこと。イタリアでは小中学校から口頭試問があります。

小学校ではinterrogazione と呼ばれる初歩的なレベルのものですが、中学になれば単に質問に答えるだけでなく、提示された問題について解答を求めるプロセスを問われたり、議論する力、批判的思考を問われます。

このような試験方式があって小さいころから学校で訓練を受けていれば、今ごろもっと上手に議論できたろうにと思うのです。

イタリア人と議論になったとき、スピードや押しの強さ、表現力で、口の立つイタリア人になかなかかないません。うまく話せないひとももちろんいますが、大抵は自分の考えをたとえ詭弁でも滔々と話します。

おしゃべり好きな国民性もあるのかもしれませんが、口頭試問が話す力を鍛えているのはまちがいないと思うのです。

小中学校から公務員試験まで口頭試問

イタリアでは小中学校の試験から公務員や教職、国家資格試験まで口頭試問が使われます。伝統的な試験の方法なんですね。

試験場に入ると数人の試験官たちがいます。その目の前で、試験問題がいくつか入っている箱からくじを引き、引いたくじに書かれてある質問や議題について質疑応答というのが多いです。

また、口頭試問は通常、公開で行われます。自分が口頭試問を受けているところを他の受験者たちが見ているなかで行われるのです。

中学卒業試験では「批判的思考力」が問われる

口頭試問の内容をもう少し具体的に、イタリアの中学の卒業試験の例をとってみてみましょう。

口頭試問は記述を含む筆記試験の後、いちばん最後に行われます。時間は15分から30分。

内容は年度によっても異なりますが、イタリアの大手老舗出版社モンダドーリの学生向け情報サイト、Studenti.it https://www.studenti.it/prova-orale-consigli.html)によると、2019年度は生徒が自由にテーマを選んで書いた小論文の内容を中心に、複数の教科にわたっての知識や理解、思考を問われるとのこと。

審査されるのは知識の量や正確さだけでなく、問題を解決していく思考プロセスや議論力。なかでも批判的思考力が重要視されます。

「批判的」というところが個人主義のヨーロッパらしいですよね。物事を鵜呑みにするのではなく、いろんな角度から見て自分なりの論理を導き出すということだと思います。

高校卒業試験はmaturità と呼ばれ、この試験でも最後に口頭試問があります。

イタリアには日本のような受験はありませんが、それに相当する人生初の試練となるのが中学・高校の卒業試験で、筆記、記述などの最後にあるのが口頭試問なのです。

透明性を保つために公開で行われる口頭試問

わたしはイタリアの大学で日本語講師をしていたことがあり、この口頭試問、採用試験として受けたこともあれば、教師として試験官の側になったこともあります。

受ける側としてとまどったのが、公開制ということ。試験場となる部屋は開かれているので、ひとりが口頭試問を受けているところを他の人も見たければ見られるのです。

口頭試問が始まってしまうとまわりのことなど気にする余裕もありませんでしたが、他の人の試問を見ている間は、あんな見事に答えられるだろうかとか、あんな失敗はしたくないとか、気を揉みました。

まあ、見るのはオプションなので、見たくなければ見なければいいんですけどね。でも、見ればどんなこと聞かれるのか、内容が前もってわかるという利点があります。一番目の人は前例が見られないので不利だと思うのですが、その点に関しては特に配慮はないようです。

口頭試問、公平な評価・採点がむずかしい

イタリアの国立大学の日本語講師として、口頭試問を評価、採点する側にいた際は、対話形式で行われる試問を採点するむずかしさを感じました。

ふだんは出来がいいのに、試験のときだけあがってしまって実力が出せない子もいれば、その反対の子もいる。

ミスがあっても目立たせないプレゼンテーション能力の高い子もいれば、ミスが目立ってしまう子もいる。

外国語の習得度を審査しなければならないのですが、プレゼンテーション能力というものが大きく影響するので評価に影響するのです。

そもそも試験問題がくじ引きというところからして運に左右されます。簡単な問題に当たることもあれば、難題、出題予測のむずかしい問題に当たることもあります。

また、口頭試問はひとりひとり行うので、試験日が何日かにわたることがあります。その場合、試験の順番が後の方の人は、前の人の試験の様子を見て準備することもできます。その辺り、不公平なように思われるのですが、なぜかその点は考慮されていません。

また、試験官も人間ですから、どんなに客観的に判断しても、感情や好悪による影響を払拭しきれるとは言い切れないと思います。

機械が読み取るマークシート方式とちがって、人間対人間の試験方法ですから、いくら公平に行われるといっても一抹のグレーゾーンは残ります。試験を受ける側にとって納得のいかない評価であることもしばしばです。

しかし、運やら相性も含めて評価と受け止めるしかない。イタリア人は小さいころからこのような経験をしていることで、清濁あわせ呑む、ある種の人間力を身につけていくのかもしれません。

アクティブラーニングの一環として、口頭試問を日本でも

近年、日本では、社会の多様化やグローバル化といった時代の変化に対応できる人材育成の必要性から、教育のベクトルを変えようという動きが起きています。

大学入試ではセンター試験に来年度から記述式テストが導入されますし、アクティブラーニングへの積極的な取り組みも増えてきています。従来の知識詰め込み型ではなく、知識を使って能動的に物事に取り組める人材を育成しようという動きです。

アクティブラーニングではディベートやグループディスカッションなど、話す力、議論する力を養うような取り組みも行われているそうですから、口頭試問ももっと積極的に取り入れられればいいなと思います。それも小学校、中学校など早いうちから。

今後、日本人が海外で暮らしたり、外国人と一緒に仕事をする機会はますます増えていくと思われます。異文化の人と議論する機会も増えるでしょう。

その際、的確に自分の意見を述べられるスキル、堂々と自由に議論できる力があれば、わたしのように悔しい思いをすることもありません。

そのためには小さいころから積極的に発言する、対話する訓練を積むことが必要です。そういう意味において、口頭試問は積極性、発信力、論理的思考を鍛えるにはとても有益な試験方法だと思うのです。

日本の新しい世代が議論する力を磨いて、日本でも海外でももっと自由に発信し、自分らしく生きられればいいなって思います。

ではまた。See you! A presto!

湊夏子

 

ABOUT ME
湊夏子
湊夏子
長いイタリア暮らしを経て、国際離婚、帰国。日英伊の3ヶ国語でメシの種を稼ぎ、子どもを育てているシングルマム