映画

中身のあるひと − BBC「コールザミッドワイフ」

 

BBCのドラマが好きで、よく見る。このところは、「コールザミッドワイフ」というドラマにハマっていた。

舞台は戦争の爪痕がまだ色濃く残る、1950年代後半のロンドン。その下町の貧民街を舞台に、シスターたちが経営する修道会付属助産院で、助産婦さんたちが活躍する物語だ。


第1話

大ヒットしたドラマで、シリーズ11まで作られている。時代は1960年代まで進み、その間にイギリス社会に起きたさまざまな変化−ベビーブーム、傷痍軍人の心の傷、核戦争の脅威、中絶、ポリオ、サリドマイド児、国民皆保険制度の設立、ピル解禁などなど−を、市井の人々がどのように受けとめ、生きていったのかが描かれて、興味深い。

貧しさが元凶の、悲しい、むごい現実が次々と立ち現れるが、シスターたち、助産婦さんたちは、断固とした人間愛で立ち向かう。心温まる人間讃歌のドラマなのだが、人間の描き方が深いところが、さすがBBC。天使のような助産婦さんたちも、その実、それぞれに問題や過去をかかえており、弱点も、困ったところもあわせ持つ人間として描かれている、その人物造型の力が並みでなく、人間への深い洞察に、さすがシェークスピアの国!と、毎回、うなってしまうのである。

ほんとうによくできていて、いぶし銀のセリフが満載。なかでも特に新鮮に響いたのが、「中身のある人間 woman of substance」ということば。

「中身のある人間」ということばを、久々に聞いた。また、英語でもいうんだ、と知った。

じぶんが高校生ぐらいまでは、「中身がある人間になれ」とか、「あいつは中身がない」など、よく聞いた記憶がある。その後はなぜかあまり聞かなくなり、近年ではまったく聞かなくなった。そんなことばの存在を忘れていたぐらいだ。

 

このことばは、ドラマのなかでは、次のような場面で使われている。

(以降、ネタバレあり)

ひとりの老女が、戦火を耐えたボロボロのアパートで、ひとりで暮らしている。高齢で病気をかかえており、戸外にあるトイレに行くこともままならない。市の福祉担当者は施設に入れようとするのだが、老女はそれをかたくなに拒んでいる。もとは教師で、話がわからないひとではないのだが、長らく自らの殻に閉じこもって暮らしており、だれかがそれをこじあけようとすると凶暴になる。

そんな老女を訪問した看護婦のルシールは(助産婦さんたちは看護婦さんでもあり、この地区の医療ケアを一手に担っている)、老女に施設に入ってケアを受けるよう説得する。が、老女は聞く耳を持たない。

ため息をつくルシール。あきらめムードで散らかった部屋に目をやると、乱暴に積まれた本のてっぺんに、古い会員証があるのがふと目に入った。ほこりを払って見てみると、「サフラジェット」の会員証だ。目を見張るルシール。

サフラジェット(英語:Suffragettes)とは、19世紀末から20世紀初頭にかけての英国で、女性にも「参政権」(英語: Suffrage)を与えるよう主張する女性団体のメンバーだった人々のこと。ルシールは、目の前の老いさらばえた老女が、かつて女性の参政権のために戦った、気骨ある女性であることを知る。

その後も保健当局は老女を施設に入れようとするが、老女は必死の抵抗をつづける。当局は最後は根をあげ、強制連行しようとする。それを見たルシールが、老女にいうのだ。

「あなたのような中身のあるひとが、強制連行などされてはならない。最後まで品位を保ちましょう。わたしがお手伝いするから、身だしなみを整えましょう」と。

ルシールは老女にスーツを着せ、仕上げに、胸ポケットのところに、サフラジェット会員証のブローチをつけてあげた。こうして老女は、当局に引きずり出されるのではなく、みずからの足で部屋を出た。そして、近所の人や保健当局、警察が、好奇のまなざしを向けるなか、足取りはよろよろしていても、立派な態度で、みずから車に乗り込んだのである。

 

地味な話だが、わたしはこのエピソードに深く感動した。

見かけではなく、その人の本質に敬意を持ち、それを本人に気づかせてあげた看護婦ルシールの賢さ。彼女のおかげで、かつての自分を思い出し、品位を取り戻した老女。そして、ルシールが使った「中身のあるひと」という表現に、こちらをはっとさせるなにかがあった。

現代の、このあわただしい生活のなかでは、なかなか中身まで見られない。ニュースは見出しだけ、SNSは流し読み。そんななか、チラ見した画像だけが脳裏に残っている、なんてことが少なくない。

仕事などでも、なんでもかんでも「見える化」を推進していて、見えないものは存在しないも同然かのようだ。猛スピードで変わって行く外界の、見かけだけはかろうじて目の端でとらえるが、その中身は置いてきぼり。そんななか、本来の自分がわからなくなってしまう。それはだれにでもあり得ることだと思う。

でも、だいじなのは中身なのだ。ほかのだれでもない、自分自身にとって。

それを教えてくれたルシールは、ジャマイカから移住してきた、若く優秀な助産婦さん。自身、差別と疎外に苦しみつつも、常に思慮深く、愛情深く、仕事を遂行する賢い女性。ルシールの中身の魅力にしびれます。

時間があったら、ぜひ一度見てみてください。

 

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