イタリア人的考え方

陰影礼賛 イタリアは…

 

先日、残業をしていたら新任の上司から電話があり、ちょっと来てほしいと言われ、上階にあるオフィスまで赴いた。ノックして、ドアを開けてギョッとした。室内が真っ暗なのだ。日が暮れて外は暗いのに、電気がついていない。机まわりだけは小さなライトがついているが、そこだけ。いくらイタリア人が暗めの照明が好きといっても、これは暗すぎる…。

困惑して突っ立っていると上司が気づき、ああ、どうぞと招き入れた。しかたなく中に入ったが、職場のオフィスがここまで暗いというのは、わたしの感覚ではやはり異様だ。落ち着かなくて、話が頭に入らなかった。

で、何が言いたいかというと、イタリア人は職場でさえも暗めの照明が好きということ。上述の上司はさすがに極端な例だが、それほどでなくても、暗めのオフィスが好み、というイタリア人は少なくない。

以前いっしょに働いていた、少し年上の、ある同僚女性もそうだった。日が落ちると暗いので、電気をつける。すると、すぐ彼女が消してしまう。

「暗すぎません?」

「わたし、蛍光灯、苦手なのよ」

彼女は、デスクライトがあれば、部屋全体を照らす照明は不要だという。部屋の隅にスタンドライトもあるから、これで十分と。まじめな人で、イタリア人にはめずらしく、よく残業をしていた。明かりに対する習慣、感受性のちがいなのだろうが、よくこんな薄暗い場所で細かい書類に目を通す気になれるものだと、感心というか、あきれたのをおぼえている。

思い返してみれば、室内に限らない。街からして、イタリアはどこも暗かった。住んでいたヴェネツィアも、仕事で通ったボローニャも、ミラノも、ローマも。東北大震災の後、節電のため、銀座や渋谷でも照明を落としていた時期があったが、イタリアの街と比べると、これでもまだまだ全然明るいと思ったものだ。

家の中も、もちろん暗い。まあ、家はいい。家はくつろぐ場所なので、暗めのほうが落ち着く。ヴェネツィアの夫の実家でも、全体は暗いが、壁の一部を照らす照明のアプリーク、小卓の上のシェードランプといった部分的な照明が、くつろげる雰囲気を醸し出していた。それはいいのだが、困ったのは夜中だ。

鎧戸はすべて閉め、照明も消してしまうので、真っ暗でなにも見えない。一度、夜中に喉が乾いて、キッチンまで行こうとした時のこと。闇のなか、壁沿いに手探りで歩き、段差につまづいたり、物にぶつかったり、大変だった。

幸い、わたしと夫の家はそんなに広くなかったから、夜、闇のなかで迷うことはなかった。それでも、夫が鎧戸をすべて閉めてしまうので、室内は真っ暗になる。それが嫌で、鎧戸を少し開けると、ほんの少し星明かりが入る程度なのに、夫はまぶしくて眠れないという。

こんな感じだから、集合住宅の中階段や廊下、中庭といった場所も、日本のそれと比べ、断然暗い。特に歴史的保存地区の建物では、常夜灯のようなものがなく、建物の中階段や中庭の照明は、押しボタン式になっている。ボタンを押すと電気がつき、30秒ほどしたら自動で消える。そのあいだに目的地ーー自宅や訪問予定の家、玄関ーーにたどり着ければいいのだが、その前に電気が消えてしまうこともある。そんなときは、窓からの薄明かりを頼りに、そろそろと歩を進めるしかないのだが、ヴェネツィアで一度、それさえもできず、暗闇のなかに閉ざされたことがあった。

友人の家は、まず表玄関があり、中庭を通り抜けた奥の、建物の4階にあった。

友人の家から帰るとき、建物を出るまでは電気がついていたのだが、中庭に出たとたん、消えてしまった。真っ暗で、なにも見えない。ふつうはそんな時でも、鎧戸からもれる室内の明かりや、星明かり、月明かり、街灯の明かりなどで、目を凝らせばなにかしら見えるものだ。しかし、その家は中心からちょっと離れた場所にあり、しかもその日に限って、月明かりも、星明かりもなかった。必死で目を凝らすと、表玄関のシルエットまではなんとか見てとれるが、外に出るためのスイッチがどこについているかまではわからない。

スマホがまだない時代だったから、闇のなかで「すみませ~ん、だれかいませんか?すみませ~ん」と声を張り上げるが、返事はない。暗いし、寒いし、頭に来て、ぶつぶつ罵り言葉を吐いていたら、しばらくして、表玄関が開いた。ひとりの住人が帰ってきたのだ。それでようやく外に出ることができた。これに懲りて、しばらくはカバンのなかに小さな懐中電灯を携帯していた。

しかし、こんなに何から何まで暗くて、不便じゃないか? 困らないのか?

イタリア人にときどき、そう聞いてみるのだが、みんな、別に問題ないという。夜は暗い。暗くて当たり前。それがデフォルトになっていて、多少の不便は織り込み済み。個人個人が気をつければいい、ということのようだ。

一方、日本はどうだろう。便利さ、安全の追求、また、蛍光灯の経済性もあったかもしれないが、西洋のどの国よりも、夜が明るい国になった。谷崎は「陰翳礼讃」で、日本の薄暗い家屋の暗がりのなかで生まれる美の数々を賞賛したが、今やそれが残っているのは、日本ではなく、イタリアや、西洋の国々のほうだ。

イタリア人たちが暗がりを好むのを見て、ふと、そんなことを考えた。

 

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UnsplashDima Pimaが撮影した写真 Thank you!

ABOUT ME
湊夏子
長いイタリア暮らしを経て、帰国。日英伊の3か国語でメシの種を稼ぎ、子どもを育てているシングルマム。
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