映画

BBCドラマ「刑事ヴァランダー」の心に刺さる名セリフ

BBCドラマ「刑事ヴァランダー」にハマっている。最近Netflix新公開されているスピンオフ作品「新米刑事ヴァランダー」ではなくて、もう10年以上前に制作された、イギリスの名優、ケネス・ブラナー主演のほうだ。生真面目で、不器用、仕事熱心が嵩じて家族関係もうまく行っていない、くたびれ五十男のヴァランダー。しかし刑事としての勘だけは格別で、次々と起こる難事件を解決していく。

舞台となるスウェーデンの町の、灰色の霧にけぶる海辺と暗い森が、人生の深遠さ、複雑さを暗示しているようで、つい引き込まれてしまう。一回のドラマが2時間弱と、映画並みの長さだが、どのエピソードも細部まで緻密に人間が描かれていて見応えがある。

たとえば、シリーズ1・エピソード1の「目くらましの庭」。終わりのほうに、ストーリーの主軸には関係ないのだが、次のような印象深い場面が。( ” “内のセリフは当該ドラマより引用)

ヴァランダーは難事件をなんとか解決する。しかし、我が子に売春させる親、政治家や警察の腐敗といった悲惨な現実に心が折れ、ふと、疎遠になっていた高齢の父を訪ねる。ヴァランダーの父は孤高の画家で、認知症を発症するのではないかという恐怖を抱えながら、いつものようにイーゼルに向かい、絵筆を動かしている。

「父さん」と後ろから声をかけるヴァランダー。父の背中を見ながら五十男の刑事は、「もう俺にはできない」と、子どものように泣き出してしまう。

父は絵筆を置き、振り返って息子を見る。

“「おまえは子どものころ、森の絵ばかり描いているわしに、ほかのものも描きなよって言った。わしはやってみた。毎朝起きると、別のものを、人物や静物画を描こうとしてみた。でも、できん。どうやってもわしにはこれしか、風景画しか描けん」”

そして息子に向かって言う。

“「おまえの絵を自分が気に入らなくても、それはおまえの絵なんだ」”

仕事、というものの本質をついた言葉だと思った。人生、の本質をついた言葉ともいえる。自分はこのままの自分でやれることをやるしかない…。

世界はとてつもなく巨大で複雑だ。世界は世界の都合でまわっていて、こちらの都合のいいように動いてくれたりはしない。思うようにできればよし、できなくてもしかたない。ひとりひとりにできるのは自分の絵を描くことだけなのだ。

たいていは出来が悪くてイヤになる。自分でも情けなくなるかもしれないが、それでいい。上手に見える誰かの絵を真似しなくていい。自分の人生を生きるというのは、下手な自分の絵を受け入れること、下手でも自分の絵を描き続ける勇気を持つこと−−ヴァランダーの父のセリフは、わたしにはそのように聞こえた。

原作はスウェーデンの推理作家ヘニング・マンケルの警察小説「クルト・ヴァランダー」シリーズ。「北欧ミステリの帝王」と称される作家らしい。原作もぜひ読んでみたい。

 

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トリリンガル・マム
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