もうすぐヴァレンタインデー。イタリアでもSan Valentinoといって、恋人たちの日とされている。日本のように女性からチョコレートをあげることはないが、花やお菓子などちょっとした贈り物をしたり、食事に行ったりすることはある。
恋が実って結婚となった場合、イタリアには二種類の結婚式がある。カトリック教会でする宗教婚 (rito religioso)と、市役所でおこなう民事婚(rito civile)だ。
イタリアはカトリックの国なので、教会で挙式する人が多い。が、それはカトリック教義に基づき、宗教的に結ばれるためで、単なる式場として教会が使えるわけではない。カップルは婚前に教会に通い、司祭から結婚についての講義を受ける必要がある。
結婚はカトリックにとって宗教的イベントなので、昔は、新郎新婦双方共にカトリックでなければ、教会で式を挙げられなかった。それが1970年代からは、片方が非カトリックでもできるようになった。ミックス婚(matrimonio misto)と呼ばれ、当時は画期的なことだったらしい。
一方、民事婚の場合は、宗教によるへだてはない。式を執りおこなうのは市長代理の戸籍事務官で、新郎新婦はそれぞれの証人の立会いのもと、法的に結ばれることになる。
自分は民事婚だった。ヴェネツィア市役所の別館、大運河に面したセレモニー用の広間が会場で、そこに家族や親戚、友人たちが集まった。
戸籍事務官は、市を代表してということで、儀礼用のイタリア国旗のトリコロールのサッシュをつけている。そして、新郎新婦を前に、イタリア民法で定められた結婚の権利と義務を読み聞かせる。
恥ずかしながら、当時、自分はそれがイタリア民法だとわかっていなかった。結婚に対して漠然としたイメージしかなく、語学力も不十分だったから、戸籍事務官にたずねられたとき、雰囲気でイエスと答えてしまっていた。なにを問われていたのかはっきりわかったのは、それから何年もたち、結婚が甘いビジネスではないことを身をもって知ったあと、他人の結婚式に参列したときのことだ。
戸籍事務官の話を、第三者の立場から、あらためてじっくりと聞いた。
民法に記されている結婚の権利と義務を、新郎新婦に一字一句、読み聞かせ、それを承知しているか、守る気があるか、双方に確認している。契約書の取り交わしそのもので、ロマンチックなことなど何一つ言っていない。
戸籍事務官が式で読むのは、イタリア民法からの、こんな内容だ。
Art. 143 – Diritti e doveri reciproci dei coniugi
Con il matrimonio il marito e la moglie acquistano gli stessi diritti e assumono i medesimi doveri. Dal matrimonio deriva l’obbligo reciproco alla fedeltà, all’assistenza morale e materiale, alla collaborazione nell’interesse della famiglia e alla coabitazione.
Entrambi i coniugi sono tenuti, ciascuno in relazione alle proprie sostanze e alla propria capacità di lavoro professionale o casalingo, a contribuire ai bisogni della famiglia.民法143条 夫婦の権利と義務
結婚により、夫と妻は同等の権利を得、義務を負う。また、貞節、精神的・物質的互助、家族のための協働、同棲の義務が生じる。夫婦双方が、それぞれの性質、能力に応じて、家族のために職業に従事し、家事を担わねばならない。
Art. 144 – Indirizzo della vita familiare e residenza della famiglia
I coniugi concordano tra loro l’indirizzo della vita familiare e fissano la residenza della famiglia secondo le esigenze di entrambi e quelle preminenti della famiglia stessa.
A ciascuno dei coniugi spetta il potere di attuare l’indirizzo concordato.民法144条 家庭の方針および住居
夫婦は二人で家庭の方針を決め、双方のニーズと優先事項に応じて家族の住居を決める。同意して決めた家庭生活の方針を実行する権利は双方にある。Art. 147 – Doveri verso i figli
Il matrimonio impone ad ambedue i coniugi l’obbligo di mantenere, istruire ed educare la prole tenendo conto delle capacità, dell’inclinazione naturale e delle aspirazioni dei figli.147条 子への義務
結婚は夫婦双方に、子のそれぞれの性質や能力、希望を考慮に入れて子を養い、教育を施す義務を課す。 (拙訳)
これらの事項を双方に確認後、戸籍事務官は宣言する。
“A seguito della vostra risposta affermativa io, Ufficiale dello Stato Civile del Comune, dichiaro in nome della Legge che siete uniti in matrimonio.”
「新郎新婦双方の意思を確認のうえ、市役所の戸籍事務官である当方は、法律の名において、ふたりが結婚により結ばれたことを宣言する」
“I quali mi hanno richiesto di unirli in matrimonio a questo effetto mi hanno presentato il documento sottodescritto e dall’ esame di questo nonché di quelli già prodotti all’atto della richiesta delle pubblicazioni i quali tutti muniti del mio visto inserisco nel volume degli allegati a questo registro risultandomi nulla ostare alla celebrazione del loro matrimonio.”
「ふたりは結婚したいとの要請を出し、そのために必要な書類を提出した。公示の際に提出された書類はもちろん、これらの書類も審査し、彼らの結婚を阻むものはないことを確認したので、結婚登録書に添付する。
“Ho letto agli sposi gli articoli 143, 144, 147 del Codice Civile e quindi ho domandato allo sposo se intende prendere in moglie la qui presente Giulietta e a questa se intende prendere in marito il qui presente Romeo ed avendomi ciascuno risposto affermativamente a piena intelligenza anche dei testimoni sotto indicati, ho pronunziato in nome della legge che i medesimi sono uniti in matrimonio…”
「当官は新郎新婦に民法143条、144条、147条を読んで聞かせたうえで、お互いを夫、妻として娶るかをたずねた。それぞれが明晰な精神状態で、証人たちの前でイエスと答えたので、法の名において、ふたりが結婚により結ばれたことを宣言する」
どうでしょう? 結婚により生じる権利、負うことになる法的義務を、噛んで含んで確認させている。ある意味、親切な制度ともいえる。それでも、聞いてない人は聞いてないのだろうけど……。
ちなみに、同性同士の結婚はUnione civile、シビル・ユニオンと呼ばれ、異性間の結婚と同じ法的効力がある。(日本では法的に認められていない)。
事実婚(coppia di fatto)というのもあり、法的効力はないが、イタリアには事実婚の人も多い。
神の前で愛を誓うのか。法的な関係を結ぶのか。あるいは何にもしばられず、おたがいの愛のみを信じて生きるのか——。
ありがたいことに、今日ではえらぶことができる。
さて、ここで話をヴァレンタインデーに戻すが、なぜ聖ヴァレンティーノが恋人たちの聖人として祀られるようになったのか、ご存知だろうか。
調べてみたところ、実にたくさんの謂れがあり、正確なところはわからない。が、3世紀ごろ、ウンブリア州のテルニという町の司教だったヴァレンティーノが、キリスト教徒の乙女と、異教の若者を結婚させてあげたことにより罰せられ、殉死したからという説が最も多いようだった。
ヴァレンティーノは、男女の愛は神からの恵みであり、すばらしいものだと考えていたので、恋人たちのために、当時禁じられていたミックス婚(非キリスト教徒)の式を執りおこなった。それで処刑されてしまったという。
伝説の真偽はわからない。が、聖ヴァレンティーノが命をかけて守ろうとした愛、相手の存在を神からの恵みのように感じ、いとしく思う気持ち、いたわる心……。結婚する、しないはともかく、そんな愛に満ちた暮らしが増えれば、世界はどれだけ平和になるだろう。
白熱するヴァレンタインデーのチョコ商戦を横目に、そんなことを、ふと思った。
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UnsplashのPiero Nigroが撮影した写真 Thank you!