イタリア人的考え方

甘い生活 

 

先日、仕事を終えて帰ろうとしたら、イタリア人の仕事仲間がチョコレートボンボンをくれた。

自転車のヘルメットをかぶったわたしを見て、「おつかれさま。帰り道、気をつけてね。帰り道を甘くしてくれますように (Per addolcire la bocca al ritorno )」といってほほえみ、ボンボンをひとつ、手のひらに乗せてくれた。

帰り道といえば英語に「One for the road (帰りがけの最後の一杯)」という言い方がある。が、お酒じゃなくてボンボンというのがかわいらしい。

ボンボンの甘み、そして彼がかけてくれた言葉が、その日の帰りの道のりを軽やかにしてくれた。

 

思えばイタリアは甘いものに満ちている。

たとえばヌテッラ。朝食におやつによく食べる国民的チョコペーストだが、ヘーゼルナッツのまろやかな甘味があとを引く。

また、日本でもすっかりおなじみになったティラミス。ティラミスというのはTirami su、つまり、私を引っ張り上げて、元気にして、という意味だが、初めてイタリアでティラミスを食べたときはほんとうにそのまま昇天するかと思った。

そういえばズッパイングレーゼも好きだったな。スポンジにたっぷりとシロップが浸みていて、脳天まで甘さでしびれる感じ。総じてイタリアのケーキは、日本の繊細な甘さとちがって、パンチのある甘さのものが多い。

お酒も、食前酒や食後酒などは絶妙に甘さが効いている。

たとえばヴェネツィアでアペリティフに飲むスプリッツは、アペロルという甘いリキュール入り。プロセッコの辛口の泡にアペロルの甘さが加わり、赤い色も夕方の気分を上げてくれる。

また、ディナーの合間や食後に供されるスグロッピーノというカクテル。レモンシャーベットのシェークなのだが、プロセッコと少量のウォッカが加えてあって、ほんのり甘くてさわやか。口直しに最高だ。

食後酒も、アマーロ(苦い)という名がついているわりには甘い味のものが多かった。グラッパは例外として、ウィスキーなどドライなお酒はあまり飲まれないようだ。

 

恋人や子ども、親しい人への呼びかけも、甘い言葉が氾濫する。

宝物、ベイビー、アモーレ、かわいこちゃん、べっぴんさん、小さな愛らしいお花、きれいなお目々ちゃん、などなど。恥も外聞もなく発されるこれらの言葉に、最初は食傷気味だったが、ケーキの甘さと同じでそのうち慣れた。

音楽も、イタリアオペラのアリアなどは甘くて心地よい旋律が多い。ワーグナーやベートーベンといったドイツのオペラや楽曲の雄々しさ、荘厳な調べとは全然ちがう気がする。

また、dolce non far niente、怠惰という甘美。ヴァカンスでも予定をつめこむのではなく、ゆったりとした時間を楽しむ。

そしてカップルの時間はもちろん、もっとも甘いものでなければならない。

イタリアに住んでいたころ目にした雑誌の広告に、女性の下着の広告があった。セクシーなランジェリーを身につけた女性の写真に、「今夜、子どもたちはおばあちゃんちに預ける」というコピーがついている。結婚後も情熱を大切にするイタリア人らしいと感心し、印象に残った。

 

このようにイタリアは甘いもので満ちていて、イタリア人は自分のことも、人のことも、甘やかすのが上手だ。だけど、決して甘くはないんだよな。彼らは一見陽気に見えても、世の中をけっこうシビアに見ている。人間関係はむずかしく、人生はほろ苦いものだということを知っている。

フェデリコ・フェリーニ監督の「甘い生活  Dolce Vita」で描かれるのは、ローマの上流階級の絢爛とした甘い生活——乱痴気騒ぎやアヴァンチュール——だが、にじみ出すのは倦怠と虚無感だ。

 

でも、だからこそ、せめて甘いもので日々を少しでもやわらかに、ということなのかもしれない。

 

冒頭のイタリア人の仕事仲間は、仕事の合間にもよく甘いものをくれる。でも年のせいか、もうそんなに食べられなくなった。デスクの引き出しにはもらったチョコレートやボンボン、ヌガーがたまってしまっている。

それを見ると気がとがめ、次こそはことわろうと思うのだが、スイートなやり取りがなくなるのが惜しく、ことわれずにいる……。

 

〜終わり〜

 

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UnsplashBart ter Haarが撮影した写真, Thank you!

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トリリンガル・マム
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