イタリア人的考え方

フェッラーリと郵便

 

先日、元イタリア駐在員の友人たちと食事をし、イタリア時代の苦労話でおおいに盛り上がった。

家族の滞在許可が何ヶ月たってもおりない。それで移民局に電話してもいっこうにつながらない。アパートを借りたはいいが、なぜかキッチンがついていない、お湯が出ない。日本から送った子ども用の本が届かない——。

20年も経って、多少は改善されたかもしれないが、どうだろう。そうとも思えない。

ついこないだもヴェネツィアに住むイタリア人の友人が、パスポート更新の受付予約が一年先まで取れないと困っていたし、イタリア在住30年超の日本人の友人は、滞在許可証の切り替えに一年かかりそうと憤慨していた。わたしも昨年、イタリアの家族にクリスマスカードを送ったのだが、届いたのはクリスマスも正月も終わり、カーニバルが始まったあとだった。

どうしてここまでイタリアのお役所仕事は滞るのだろう。個人個人は優秀で、人間力も高いのに、なぜ?

チームワークが下手とか事務処理が苦手、自分の得にならないことには無関心など、いろいろあるだろうが、いちばんの理由は、事務処理や効率といったことに興味がない、ということではないか。

 

そう思ったきっかけは、先日、日本に寄港したイタリア海軍の練習帆船、アメリゴ・ヴェスプッチ号を見たことだ。1931年に進水・就役した帆船は、「フローティング・エンバシー」として、友好関係のある国々との外交の要としての役割も担っているそうで、黒と白を基調にした船体に黄色い3本のマストがそびえ立つ姿は、ため息が出るほどうつくしかった。

こういうものを作ってしまう、そして大切に維持して今も使いつづけるイタリア人はやっぱりすごい。感服した。そして、その他のメイドインイタリーのうつくしいモノたちが頭に浮かんだ。

フェッラーリやマセラッティといったスポーツカー、ブルガリのジュエリー、セルジオ・ロッシの靴、ラ・ペルラのランジェリー——。信じがたいほど手が込んでいて、贅沢で、見るだけで心がときめく、飛び切りうつくしいモノたち。こんなモノを作る人たちに、事務処理能力を期待してもしかたない……。そんな気になったのだった。

それにイタリアでは、うつくしさにこだわるのはアーティストや職人だけではない。普段だるそうに書類を見ている役所の職員なんかでも、オフィスの模様替え、なんてことになると、俄然張り切り始める。「デスクは中央じゃなくてちょっと窓寄りね、両側の壁にはリトグラフと絵を飾ろう、絵には下から照明を当てて……」と、まるで別人のように生き生きとしている。ごくふつうの人でも美には敏感で、うつくしく見せるということに関して一家言あるのだ。

さらに、イタリア人がなにかを決めるときは、「良い・悪い」ではなく、「Bello/brutto. ベッロ/ブルット(うつくしい・醜い)」という、外観の美を示す形容詞が使われることが多い。

たとえば、パーティーに呼ぶ人を決めるとき。

「パオロにはぜひ来てほしいけど、ヤツの彼女はちょっと……。酒癖が悪くて相手かまわず絡むんだ」

「それは困るね。じゃあ、パオロだけ呼ぶ?」

「いやー、それはブルット。カップルの片方だけ呼ぶというのは……」

この場合の「ブルット」というのは、よろしくない、不適切といった意味だが、それに「醜い」という形容詞が使われることに、なんでも美をものさしにしてとらえるイタリア独特の感受性を感じる。

また、こんなこともあった。

あるとき、イタリアで友人と歩いていたら、道端に物乞いのジプシーの女性がいた。友人は一瞬腰をかがめると「どうぞ」と言って、その掌に小銭を置いた。その迷いのなさ、スマートさにちょっと唖然として、なんであげたの?と聞くと、「別に」と知らん顔。それでも知りたくて、食い下がって聞いてみると、「特に理由はないけど、なんとなく。見なかったふりをするのもブルットだし……」

こういう場面でも、かっこいいか・悪いか、うつくしいか否かが判断基準になるんだ——と、興味深かった。

このように、なによりまずうつくしいものに目が行く、美に惹かれる国民性だと、効率や生産性といったことには、もひとつ興味が持てないのかもしれない。そして、興味のないことはどうしても後回しになってしまうから、社会インフラがいつまでも機能しないのではないか……。

フェッラーリのような夢を生み出すのと、郵便物を確実に指定日に届けることは、両立しないのだ。

 

さて、冒頭の、元イタリア駐在員たちとの会食に話を戻すと、前菜からパスタまではイタリアダメダメ話で盛り上がったが、魚料理、デザートに進むころには、やっぱりイタリア料理はうまいとか、デザインが秀逸とか、歴史建築物が壮麗だとか人情が厚いなど、イタリア賛歌に変わって行った。

郵便が届かなくても、電車が遅れても、結局は愛される。いつも思うけど、イタリアってほんと、得な国だ。

 

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(画像はアメリゴ・ヴェスプッチ号。マストがトリコロールにライトアップされている)

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トリリンガル・マム
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