異文化

都市の体温

 

ヴェネツィア大学で日本語講師をしていたときのこと。授業を終え、片付けをしていた教室に、三ヶ月前に日本に短期留学に送り出した男の子、ダヴィデが顔を出した。

「あら、おかえり。日本はどうだった?」 声をかけると、あらんことか彼は突然泣き出した。

「先生、ぼくはそんなに不細工ですか」

「えっ?なにそれ、どういうこと?」

びっくりして、まずは肩を抱き座らせた。しゃっくりがおさまったところで、なぜそんなこというの?と聞いてみた。

「東京ではだれも話しかけてきてくれなかったから

「! そうだったんだ……

でもよく考えてみると、特段ふしぎなことでもない。わたしだって東京で人に話しかけられたりすることはめったにない。

「ダヴィデ、それはあなたのせいじゃない。日本人がシャイだからよ。自分から声をかけたりするのが苦手なの」

「そうなんですか?」

「うん。もう少し長くいればきっと友だちができたと思う」

彼は泣きやみ、ちょっと照れながら笑顔を見せて帰っていった。これで日本がきらいになったらどうしようと心配したが、さいわい日本語の勉強はつづけてくれた。

このあとも留学から帰った学生の何人かから、東京ではさびしかったという声を聞いた。まあ、ヴェネツィアのような小さな町から一億二千万人のメガロポリスに行けば、それは勝手がちがうだろう。が、問題は単に大都会vs小都市ということでもないみたい。

日本だけでなく中国にも留学したことのあるアンナは、

「北京ではあまりカルチャーショックを感じなかった。中国のごちゃごちゃした感じはイタリアと似てたから。だけど東京はちがった。あんなに人が多いにもかかわらず、静かで、なにもかも整然としてる。隙がなくて入り込めないと感じた」

ふうん、そんなふうに感じるのか……。そのときはそう思ったに過ぎないが、ずいぶんあとになってから自分でも似たような経験をした。

それは自分が長いイタリア暮らしに終止符を打ち、東京に帰ってきたときだ。

十二年ぶりの東京、会社勤め、電車通勤。連れ帰った子どもはまだ小学生に上がる前。不安に押しつぶされそうになりながら初出勤の日を迎えた。

朝、駅のホームに立ったとき、サラリーマンや学生で激混みだったにもかかわらず、冷たい、と感じた。こんなに人がいるのに音もしなければ匂いもない。まるで無菌室のよう……突き放されたように感じ、思わず泣きそうになった。そしてダヴィデを思い出した。彼が感じたのはこういうことだったのだろうかと。

 

イタリア人は概して人恋しい人たちだ。fare compagnia (人といっしょにいること)が大好きで、おしゃべりで、話し声もフランス人みたいにささやくのではなく、大声で話すから騒々しい。

また、それぞれ好き勝手やって逸脱して行ってしまうことが多く、列をつくって並ぶのも苦手。なんとなくわらわらと群がっているという感じなので、イタリアの駅や町はさまざまな人間の発する雑多な音や匂い、熱で混沌としている。

それが日本だと、東京のような大都市でも、静かで、均質的で、信じられないぐらい統制が取れている。それにダヴィデやアンナは違和感を感じたのだろう。

その後も同じようなことをほかのイタリア人から言われた。

ナポリ出身で仕事で日本に駐在中のアントニオは、

「電車のなかが異様に静かなんだけど……。乗客たち、生きてる?」

ローマから遊びに来た義理の姉は、マンションのベランダから下の庭など眺めていたが、「ねえ、全然物音がしないけど、人、住んでる?」

帰国して時が経ち、すっかり東京になじんでいた自分は、そう言われて一瞬きょとんとなった。そうだっけ? 静かだっけ……?

が、すぐに、そういえばイタリアはうるさかったなと、苦笑しつつ思い出した。特にナポリとローマは……。

ナポリ駅のタクシー乗り場の喧騒はすさまじかった。車やバイクのクラクションが派手に鳴り、運転手たちが口々になんだか叫んでいる。ナポリ訛りでよくわからなかったが、俺の車に乗れとか、安くしてやるとか、どうもそういうことをアピールしているらしい。

義理の姉が住むローマの住宅街でも、隣の庭でバーベキューをする人たちの話し声や、街路を通り過ぎる人の声が夜遅くまで聞こえたっけ。

そして昔、そんなイタリアの町のかもしだす熱というか、体温というか、人間臭の濃さのようなものに辟易とした記憶がよみがえった。

 

長く暮らしたヴェネツィアは小さな町だったので、どこに行っても知った顔に会う——それが時に息苦しかった。ボンジョルノとたったひとこと挨拶すれば済むのに、それをひどく重く、つらく感じることがあった。道端で挨拶したり、おしゃべりしているイタリア人たちの豊かな表情や大きな身ぶりを暑苦しく感じた。笑い声が耳障りだったこともあった。

そんなとき、たまらなく東京が恋しくなった。東京の、あのドライでクールな空気に当たりたい、だれにも見つからないで街中を歩きたい——。そう切実に思ったのをおぼえている。そのくせ、帰国したらしたで、東京は無機質だとか冷たいとか、勝手なことを言っているが……

でも、イタリア・サルデーニャ島出身の元同僚も同じようなことを言っていた。

東京に赴任した彼女は、最初は東京が嫌でしかたなかった。人に無関心な、官僚的な冷たい町だと悪口をいい、早く帰りたがっていた。しかし年ほどのち、いざ帰国となると、

「きっと恋しくなるだろうなあ、東京の、この清潔で整然とした街並み。静かで礼儀正しい人たち。朝、仕事に出かけるのが気持ちよかった。心地よい秩序があった」

 

人と町との関係というのも複雑なものだ。こちらにも性分や好き嫌いがあるように、都市にも性格が、体質がある。状況やタイミングも大きく影響する。それに、新しい場所は自分に変容を迫る。それは痛みをともなう——。

 

じぶんが親元の大阪を初めて離れたのは十六のときだった。アメリカに一年留学して、また帰ってきて、十八で進学で東京に行った。以来ずっと東京だが、その間、縁あってヴェネツィアにも長く住んだ。

移動のたび、都市の体温のちがいにはっとする。それぞれの固有のものもあるが、自分の心情がつくりだしている体感温度でもあるだろう。暑苦しいと思ったり、冷たいと感じたり……心はいつも行ったり来たりしている。

 

 

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Unsplashtaro ohtaniが撮影した写真

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トリリンガル・マム
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