イギリス、父娘旅行、ビールてんやわんや

 

ビールが好き。昨今はスパークリングワインで乾杯、なんてことも増えたが、わたしは最初の一杯はビールがいい。とりあえず、あの、苦味のある炭酸で喉をうるおしたいのだ。

そんなだから、もしイギリスに行くことがあったら、パブに行ってビールを飲んでみたいと思っていた。BBCのドラマなどでよく、「Fancy a pint?(一杯どう?)」というセリフを耳にする。そのたび、イギリスのパブってどんなところかなぁ、ビール、おいしいかなぁと、想像をたくましくしていた。

それがこの9月、イギリスに行く機会を得た。ヴェネツィアの舅の墓参りをはじめ、所用あって娘とヴェネツィアに行く準備をしていたところ、わたしの父も行くという。それならイギリスにも足をのばしてみようということになった。ただ、三人のスケジュールが異なり、高齢の父にはわたしのエスコートが必要だから、ちょっと複雑な旅程になった。

はじめの一週間は、父とふたりでロンドンというスケジュール。父も大のビール好きだから、いっしょにパブでイギリスのビールを楽しもう。そう目論んでいたのだが、実際はパブには2回しか行けなかった。

というのも…。

まず、初めてのイギリスで、見るもの聞くもの、すべてが新鮮。あ、ビッグベン!あ、ロンドン塔!と、わたしも、オン年86歳の父も、すっかり童心にかえって興奮状態。ワクワクあちこちを見ていると、いつの間にかたくさん歩いてしまっていて、気がついた時にはもう一歩も動けない。いったんホテルに帰ると、そこから再びパブにくり出す元気はなかった。

それでも、というか、だからこそ、一日の終わりにはキリッと冷えたビールを飲んでくつろぎたい!

しかし、わたしたちが泊まったのは、キングズクロス駅近くのエコノミー・ホテル。カフェはあったが、ビールは置いていない。また、部屋に冷蔵庫はついていなかった。これがつくづく痛かった。

以前、イタリアに住んでいたから、ヨーロッパの三つ星ホテルぐらいでは部屋にエアコンや冷蔵庫がないのは知っていた。でも、もう9月半ばだし、天気予報によると、その時期、イギリスは朝晩肌寒いぐらいだという。だからもう、エアコンも冷蔵庫も要らないだろうと思っていた。

それがロンドンに着いてみると、予想を裏切ってすごく暑い。確かに朝晩は涼しかったが、昼間は半袖のTシャツに裸足にサンダルでちょうどいいぐらいだ。

暑いは、喉が乾くはで、これはどうしても冷たいビールが飲みたい。父は疲れてもう動けないので、わたしが外にビールを買いに行くことにした。ホテルの人に聞くと、駅前にミニスーパーがある。裏の住宅街のほうに行くともう少し大きなスーパーもあるという。

とりあえず、駅前のミニスーパーをめざした。キングズクロス駅の前の通りの、インド料理や中華料理店のならぶ人通りの多い道沿いに、インド系の人がやっているミニスーパーを見つけた。飲み物から食べ物、日用雑貨など、小さいながら、いちおうなんでもそろっている。

ビール、ビールとつぶやきながら店を見渡し、奥にお酒のコーナーを見つけた。が、ちょっと喜べない。冷蔵庫にカールスバーグやハイネケン、モレッティなど、名前を知っているビールは見つけたものの、なぜかその扉が開いていて、冷えている気配がない。設定温度も高めなのか、奥のほうまで手を入れてみても、室温より多少ましといった程度。これでは冷えるわけがない。その上、ほとんどが4本パックで、バラ売りのものがハイネケンしかないのだ。

冷蔵庫もないのに4本パックなど買ってもしかたがないので、とりあえずハイネケンを2本、手に取ったら、やっぱりたいして冷えていない。泣きそうになった。疲れて、喉から手が出るほど冷たいビールが飲みたいのに、なんだ、このぬるいビールは!これでは、買ってホテルまで運ぶあいだに、さらにぬるくなってしまう。でも、別のスーパーまで行く体力はもうない。その日は父もわたしも、泣く泣く、ぬるいビールで我慢した。

その教訓を生かし、次の日からは、昼間の観光はほどほどに切り上げ、夕方はパブに行こうと父と話し合った。が、翌日、別の場所に観光に行くと、目新しい場所や景色に、また「わぁ〜」という感じで吸い込まれてしまい、気がつくと夕方になっている。で、もう歩けないから、パブには行けない。それでまたもや、わたしがビールを買ってくることになった。

今度は店を変え、裏の住宅街のスーパーに行ってみた。しかし、そこの冷蔵庫は冷蔵スイッチが入っていない、ただの棚と化していて、室温のビールしか売っていない。昨日の駅前のインド系の店のほうがまだましなので、戻って買いに行った。そして、決して冷たいとはいえないビールを、またもやふたりで飲むはめになった。キリリと冷えたアサヒスーパードライを夢見ながら…。

(アサヒスーパードライの広告をロンドンの地下鉄やバス停でよく見かけたのに、買おうと思っても店にない。広告を出すなら商品を買えるようにしておいて…。ただ、旅の最後にたまたま入ったロンドンのマリルボーン駅のパブにはアサヒの生ビールがあった。あるところにはある、ということか)

それでも父はまだ、昼間に冷えたビールを飲むことができた。ふらっと入ったカフェや、遠出したコッツウォルズの村のレストランで飲んでいた。わたしは父のエスコートという役目があるので、昼間は自粛した。だから余計、夕方のビールは切実だったのに…。

しかし、なんでこんなぬるいビールを売っているのだろう?イギリスの人はこれでいいのだろうか?友人宅のホームパーティーに、冷えたビールを持っていくような需要はないのか。観光客はどうなんだろう?スーパーでビールを買って飲んだりはしないのか?

三日目になって、駅構内のマークス&スペンサーというスーパーで、ようやく冷えたビールを見つけた。おなじみのカールスバーグやハイネケン、モレッティ、タイガービールのほか、「なんとかエール」というような名前のものもあったが、どれも、4本ー6本パックだったり、瓶だったり…(瓶のフタを開ける道具を持ってきていない)。

唯一、バラで缶で売っていたのが、IPAというもの。聞いたことがなかったが、ビールといっしょに売っているのだからビールだろうと思った。3種類ぐらいのフレーバーがあったが、青いボトルでHazy Jane New Englandと書かれたものに、なんとなく惹かれて買ってみた。

これが案外、おいしかった。苦味があって、キレがいい。独特の香りもある。クラフトビールか、日本でいう発泡酒や第三のビールかなんかかな? でも、めんどうで調べなかった。ビール探しに疲れたので、この際、冷えていてビールの味がするならなんでもいい。そんな心境だったのだ。父も同じなのか、だまって飲んでいる。その後も、IPAがなんなのかわからないまま、何回か飲んだ。

 

ここでちょっと話はそれるが、後日談。

帰りの飛行機(ブリティッシュ・エアウェイズ)でビールを頼んだら、イギリス人のスチュワーデスさんから「ビールがいいか、IPAがいいか」と聞かれたのだ。それってつまり、ビールのなかにIPAというカテゴリーがあり、それはイギリスではビールとは区別されているということ?

調べてみると、IPAとはインディア・ペール・エール(India Pale Ale)の略。18世紀末、インドがイギリスの植民地だったころ、インドに滞在するイギリス人に送るために作られたペールエール(イギリス発祥のビール)のことなのだそうだ。長期輸送に耐えるよう、防腐剤の役目を果たすホップが大量に使われているため、苦味と香りが強いらしい。

スチュワーデスさんに「IPAを」と答えると、あの、スーパーでよく買って飲んだIPAが出てきた。なるほど、メジャーな飲み物だったんだ。では、IPAではなく、ビールと答えていたら、なんのビールが出てきたんだろう?

 

閑話休題。父とのビール珍道中に話を戻すと、ヴェネツィアに行くため、ロンドン・ガトウィック空港近くの町に前泊したとき、ようやくパブに行く余力ができた。ロンドン滞在五日目だ。ガトウィック空港駅のひとつ手前にある、ホーリー(Horley)という小さな町に泊まったのだが、特に見るところもなかったので、パブに行ってみようということになった。パブ初体験。

ホーリーの町の中心部に位置するそのパブは、金曜の夜ということもあり、まだ外は明るいにもかかわらず、すでにたくさんの人でにぎわっていた。なかでも、ロゴの入ったおそろいの黒いポロシャツを着た、体格のいい男たちのグループー町の消防団員といった感じーが、ジョッキを片手におおいに盛り上がっている。一方、子供連れで来ている家族もいるし、ふたりの世界にひたっているカップルも、ひとり静かに飲んでいる年配の人も…それぞれ好きにやっているが、みんな地元の人っぽい。外国人はわたしと父だけのようだ。

観察していると、みんなカウンターにビールを注文しに来ているので、わたしもそれにならい、

「Good evening! イギリスらしいビールを飲んでみたいのですが、おすすめはありますか?」

パブの人は、わたしと父を一瞥し、「本当にイギリスのビールがいいの?」と訊く。とまどっていると、

「イギリスのビールって、外国のビールとは別物ですよ。ちょっとあげるから味見してみたら?」といって、3種類のビールをそれぞれ小さなグラスに注いでくれた。父といっしょに味見するが、ふーむ、確かに日本のビールとはちがう。コクがあっておいしいが、炭酸が弱い。どう?と父に聞くと、う〜むと首をかしげ、今日はふつうのビールがいいという。

わかる。明日はイタリアで大切な用事がある。朝4時に頼んだタクシーは、時間通り来てくれるだろうか。飛行機はちゃんと飛んでくれるだろうか。わたしの心配が父にもうつってしまうのだろう。ふたりとも、ゆっくりとビールの違いを味わおうという気持ちの余裕がない…。

結局、カールスバーグを頼んだ。店で飲むビールはさすがに冷えていておいしい。やっと冷たいビールが飲めたねと、父と顔を見合わせ、吹き出した。ビールひとつで右往左往している自分たちがおかしかった。

ちなみに、このとき初めて、かの有名なイギリス料理、フィッシュ&チップスを食べた。大きなたらの切り身のフライに、フライドポテトを添えた料理。衣はサクサクというより、バリバリ。勢いよく食べると口の中が切れそうだ。

う〜ん。なんというか、味がない。モルトヴィネガーをかけてみたが、このヴィネガーも、なんだかもひとつ味にパンチがない。そこで、置いてあったHPソースなるものをかけてみた。うん、こっちはウスターソースのようで、少なくとも味はある。で、HPソースをかけまくって食べたが、でも、やっぱり、なんだかなあ、という感じ。揚げ物+揚げ物の大味な料理では、なんとなくビールも進まなかった。

 

ヴェネツィアで用事を済ませると、やっと気が楽になった。娘もいっしょに三人でロンドンに戻ってきたが、あと一日で父はもう帰国してしまう。最後にゆっくり三人で食事したいねと、今度は行き当たりばったりではなく、ガイドブックを開いて店を探した。すると、シーフードもある美食パブ、というのがあったので、まだ体力に余力のある昼間のうちに行ってみた。

ロンドンのウェストボーン公園の近くにあるその店には、ムール貝のクリームソース煮や、えびのシチューといった魚介類のメニューがあってうれしかった。注文したビールはキリリと冷えていたが、雨で突然寒くなったせいか、そんなにおいしく感じない。父も半分残している。人間ってつくづくデリケートというか、わがままというか…。

 

 

翌日、父は帰国の途につき、旅の後半の二週間は娘とイギリスをまわった。オックスフォード、マンチェスター、リーズ、ヨーク、湖水地方、最後はエジンバラまで足を伸ばした。北上するにつれめっきり寒くなり、エジンバラでは薄手のダウンジャケットを二枚重ねても震えた。ロンドンで汗をかいていたのが嘘みたいだ。

旅も後半になると慣れてきて、イギリスのビールに挑戦しようかな、なんて思う気持ちの余裕も出てきた。が、お相手の父はもういない(娘は飲まない)。結局、パブに足を運ぶのも億劫で、スーパーで缶ビール(あのIPA)を買って帰るにとどまった。

 

ホテルの部屋で缶ビールを飲みながら、父と過ごした旅の前半、ロンドンでの日々を思い出した。暑いのに、父にぬるいビールを飲ませてしまった…後悔で胸がチクリと痛む。旅の下調べはそれなりにがんばったのだが、十分ではなかった。ロンドンでも九月を半ば過ぎても夏日もあること、父がいくら元気でも年齢とともに体温調節がうまくいかなくなったりすることなど、考えがおよばなかった。美食やゴルフの快適な旅に慣れている父を、段取りの悪い貧乏旅行に巻き込んでしまった。ごめんなさい…。

帰国してから父が体調をこわしたらどうしよう? しばらく心配でビクビクしていたが、幸い、時差ボケだけだった。よかった…。

こんな旅行、父はもう懲り懲りかと思ったけども、それなりにおもしろがってくれたみたい。次はパリに行く?と聞くと、そうやな、と笑ってたから。

おとうさん、これに懲りず、またいっしょに行ってね。次回はもう、楽なグループツアーで行きましょう。体力を温存して、余裕の状態でパブに行こうね。そして、イギリスのビールとか、エールとかいうやつを、いろいろ味見してみよう。フランスなら、ワインね。

その日まで、どうか元気でいてほしい。

 

ー終わりー

 

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ABOUT ME
湊夏子
長いイタリア暮らしを経て、帰国。日英伊の3か国語でメシの種を稼ぎ、子どもを育てているシングルマム。