イタリア食べ物

パッケリ、パスタ、時計屋兄弟

 

パッケリ(paccheri)というパスタをご存知ですか? 大きな筒型の、ジャンボマカロニのような形の乾燥パスタ。ナポリを州都とするカンパーニャ地方の産で、パッケリとはナポリ弁で「平手打ち」という意味なんだそうだ。

このところ、このパッケリに立てつづけに出会った。

一度目はこの春、ローマの義理の姉と姪っ子が東京にやってきたとき。16歳の姪っ子が、カルボナーラが得意だから作ってあげる、と、ローマから持参した材料を袋から取り出した。

パンチェッタ(イタリアのベーコン)、パルミッジャーノ、黒胡椒——最後に出てきたのが見慣れぬショートパスタで、あれっ?と思った。

「そのパスタは?」とわたしが聞くと、

「パッケリ。最近、流行ってるんだよ」と姪っ子がいう。

!?  カルボナーラにはスパゲッティが定番だったのに?

ちょっとおどろいた。食べることに保守的でなにかと旧式なイタリアも、昨今、変わってきてるんだ……。

姪っ子はローマ育ちのローマっ子。彼女が作るカルボナーラのソースは、卵黄とパンチェッタの脂がねっとりと絡み、パルミッジャーノの深い旨みと、ふんだんに使われる黒胡椒のピリッとした辛みがきいている。その濃厚なソースに、幅広でつるっとした食感のパッケリはよく合い、とても美味であった。

二回目は先日、久々に東京、牛込神楽坂のレストラン、カルミネに行ったとき。ミートソースのパスタを注文したら、出てきたのが、またもやパッケリだった。

カルミネさんは、ご存知、日本における80年代のイタリア料理ブームの火つけ役のひとり。

日本の武道に憧れて日本にやってきた。それまでイタリア料理といえば高級レストランしかなかった日本に、リーゾナブルに食べられる本格的なイタリアのレストランをオープンし、日本におけるイタリアンブームを牽引した。わたしもそのころ、熱心に通ったひとりである。

相当久しぶりだったが、お店の雰囲気はほとんど変わっていなかった。イタリアにふつうにあるトラットリアの雰囲気で、あざとさがなく、居心地がいい。カルミネさんにも久々に会えて、昔話などする。ついでに、パッケリについてお話を聞いてみた。

「こないだもこのパッケリに出会ったんですけど、人気なんですか?」

「そうね、パッケリに限らないけど、近年、イタリアのレストランでは『乾燥パスタ』が注目されてるんだ」

乾燥パスタ、というのは、長期間保存のきく、いわゆる、スーパーで普通に売っているスパゲッティやペンネなどのこと。生のパスタと比較して、乾燥パスタと呼ばれる。常備できるから家庭での使用機会は多い。

「えー、そうなんですか。 でもまた、なんで?」

「うん。乾燥パスタって長い間、生パスタに比べてちょっと格下に見られていた。特にレストランではね。ラヴィオリとか、トルテッリーニとか、店で手作りする生パスタのほうが格上って思われていたんだよ」

「十分に食べられなかった貧しい時代には、そんな生パスタはたしかにご馳走だった。パスタも詰め物も手がかかっているしね」

「だけど、今、お腹をふくらませるためにレストランに行く人はいない。目新しいもの、目新しい味を求めて行くでしょう?レシピも新しいものがどんどん開発される。古代のレシピなんかを研究して、それを現代風にアップデートしたりね。生パスタはそれ自体が料理で、アレンジを利かせにくい。だけど乾燥パスタはどんなソースにも合うから、新しいレシピにも使いやすいんだ」

なるほど…。そんな新風が吹いているなんて知らなかった。やっぱりたまには外食しないといけませんね。

 

ちなみにあなたは、スパゲッティやリングイーネのような長いパスタがお好き?それとも、ペンネやフジッリのような短いパスタがお好み?

わたしはどちらかというと長いほうが好きなのだけど、短いパスタには楽しい思い出がある。

まだイタリアで暮らし始めてまもないころ、当時住んでいたフィレンツェの下宿の近くに時計屋さんがあった。その店には六十がらみのおじさんがふたりいて、なんやら陽気な雰囲気を醸し出している。学校に行くのにその前を毎日かならず通るから、そのうち挨拶をするようになった。

ふたりは兄弟で、名前はヴィットリオとエマヌエーレ。イタリアにはヴィットリオ・エマヌエーレという王様がいるが、その名前をひとりずつ取ったというわかりやすい命名だ。

ふたりはわたしが通るたび、「ひよほ〜」と声をかける。「ひよほ〜」というのは「きよこ」、つまりわたしのことだとわかるまで、少し時間がかかった。トスカーナの人はか行が発音できず、「かきくけこ」が「はひふへほ」になってしまう。それでわたしは「きよこ」から「ひよほ」となったわけ。

トスカーナ訛りの強い彼らがなにを話しているのか、当時の自分には半分もわからなかったが、それでも彼らの陽気で明るいおしゃべりを聞くのは楽しかった。ヴィットリオが突っ込み役で、エマヌエーレはボケの、まるでフィレンツェ版「夢路いとし・喜味こいし」のよう。

彼らにはわたしと同じ年ごろの娘さんがいて、そのせいか、よくかわいがってくれた。店の前を通ると、「バイクのひったくりに気をつけてね」とか、「今日は傘を持っていなきゃいけないよ」など、あれこれ世話を焼いてくれる。小さい子じゃないのに、よくチョコレートやキャンディーをくれたっけ。

何ヶ月かたって、のちに夫となる人と知り合い、彼がヴェネツィアからフィレンツェに遊びにくることになった。ディナーを作ってあげたいけど、なにを作ったらいいかな。なんとなくそんな相談をヴィットリオとエマヌエーレにすると、彼らはわたし以上に熱中し、あれこれとアドバイスをしてくれた。

そのなかに、パスタは長いやつじゃなくて、短いショートパスタを、というのがあった。なぜ?とわたしが問うと、麺が伸びちゃうことがないから、人をお招きするときは使いやすいよ、と教えてくれた。なるほど、まだ親しくない間柄だと、麺の茹で具合なんかに気を使っているひまはたしかにない。

彼らのことばが刷り込まれ、以来、人を招いてパスタを作るときは、ほぼ自動的にフジッリやペンネといったショートパスタを選んでしまう。そして、パスタを袋から取り出すとき、これまた自動的に、ヴィットリオとエマヌエーレの笑顔が再生される。「ひよほ〜」という声が聞こえてくる。

 

パッケリなんてナポリのパスタを、フィレンツェ人のヴィットリオとエマヌエーレは食べないだろう。「パッケリ」って言えないで、「パッヘリ」になっちゃうんだろうな。

もう一度フィレンツェを訪ねたいと思いつつ、行けないまま、長い長い年月がたってしまった……。

 

 

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UnsplashIlona Freyが撮影した写真, Thank you!

ABOUT ME
トリリンガル・マム
長いイタリア暮らしを経て、帰国。日英伊の3か国語でメシの種を稼ぎ、子どもを育てているシングルマム。