イタリア映画祭のプレミア上映でパオロ・ジェノヴェーゼ監督の「狂おしいマインド(FolleMente)」を見てきた。イマドキの大人の男女の初デートを描いたコメディーで、イタリアでは今年2月に公開され、公開作のなかでNo.1のヒットを記録したそうだ。
見てみて納得。バツイチの増加による中年以降の大人の恋愛機会の増加や、女性のライフプランの自由度が高まったことなど、今のイタリア社会を反映した男女のリアルがユーモラスに描かれている。
また、その描き方の手法がおもしろい。初デートで相手を見極めようとする主人公の男女、ピエロとラーラのそれぞれの脳内でせめぎあう理性、感情、本能といった4つの面が人格化され、4人の俳優によって演じられるのだ。観客はラーラとピエロの初デートの様子を観察しつつ、それぞれの胸のうちを4人の芝居で見ることができる。
以下、かんたんにストーリーを紹介する。
主人公のピエロは妻と別れた中年の高校教師。思春期の娘は妻と暮らしているが、共同親権で共に養育しているため、別れたといってもやり取りは絶えない。
女主人公のラーラは家具の修復家。自身で工房をかまえ、自分の仕事を愛するアーティスティックな女性。卵子を凍結している。年齢は30代後半ぐらいか。
もう若くない、人生の酸いも甘いも嚼み分けた大人の男女が初デートするのだからいろいろ複雑だ。変なやつとかイケてないと思われたくないし、こんな人と決めつけられたくもない。
自宅にピエロを招いたラーラは部屋の照明の明るさに迷う。明るいほうがいいか、それとも暗くした方が雰囲気が出るか。スカートは短いほうがいいのか、それだと媚びているように思われるか。
一方、ピエロはピエロでどんな手土産がいいのかわからない。とりあえず花とアイスクリームを買ったが、コンドーム、どうしよう?いちおう準備していかなきゃと思うものの、自動販売機には色付きやいちごのフレーバーものなど多種多様あり、どれが正解か見当もつかない。
ピエロとラーラの初デートはおたがいを探り合いながら進む。この相手と距離を縮めるか、否か。ワインを飲んで談笑する合間にも、それぞれの脳内では相手についての情報蒐集、分析が猛スピードで行われる。まさにfollemente(狂おしいほどに)、folle mente (狂おしいマインド)が働いている。
ぎこちなく食事が始まってからも、いろいろ起こる。ピエロの携帯にトラブった娘から電話がかかってきたり。突然呼び鈴が鳴り、三ヶ月前に別れたラーラの元彼が突然訪ねてきたり。相手の対応を見たり聞いたりするうち、その過去や人柄が少しずつあらわになってくる。
二人の頭のなかではいろんな声がせめぎあう。とまどい、期待、驚き、疑い、拒否されるのではという恐れ、損得勘定、欲望……。自分のなかに混在するさまざまな面を四人の俳優たちが演じる。セコかったり、エグかったり、あるあるの本音満載で笑わせてくれる。
また、印象深かったのが、ラーラが「イク」ときの脳内描写。脳内キャラクターの女性四人が平均台の上を「さあ集中して、ゆっくり、注意深く」なんて掛け声をかけながら、バランスをとりながら歩いていく。ジェノヴェーゼ監督は演出のアイデアは男女何人かのスタッフで考えたと言っていたが、なんかすごい抽象化だ。
上映後にジェノヴェーゼ監督が登壇し、語ってくれたことも興味深かった。
イタリアでもこの10年ぐらいで価値観が大きく変わり、男女の付き合い方も以前とはずいぶん変わったそうだ。たとえばレストランでお支払いになったとき。ひと昔前なら男が払うのが普通だった。が、今ではそれも多様化しており、どう振る舞うかむずかしいのだという。
「男が払うと言えば古臭い(antico)、割り勘にしようと言えばケチ(tirchio)、女性に払わせればタダメシ食い(approfittatore)と思われかねない。とかくむずかしいんです」
う~ん。唸った。マッチョな文化だったイタリアもそこまで来たんだという感慨。そして、やっぱりねという納得。価値観の多様化は世界中で起きている。スタンダードな振る舞いというものがなくなってきている。
話は変わるが、監督のトークのおかげでrichiamino(リキアミーノ)という言葉を知った。夜更かしすると小腹が減る。そんな夜中にパスタを作って食べたりする。そういう食事をローマではrichiaminoと呼ぶそうだ。
動詞のrichiamare(再び呼ぶ)から来る言葉。英語だとrecall。晩御飯は食べたけど、また空腹に呼ばれちゃった、という感じか。日本でも夜遊びの後にお腹が空いてラーメンとか食べる、あれですね。
映画のシメは、真夜中のアーリオ・オリオ・ペペロンチーノ。ふたりともいっぱい頭を使ったから(笑)、さぞかしおなかが空いただろう。
ぜひこの機会に映画を見て、このrichiaminoの味を味わってみてください。
「狂おしいマインド」上映予定:
東京5月3日(土・祝) 13:10~ / 5月6日(火・休) 13:30~
大阪5月11日(日) 13:50~
イタリア映画祭 作品情報
https://www.asahi.com/italia/2025/works.html
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UnsplashのRené Ranischが撮影した写真, Thank you! (映画とは関係ありません)
