このところ変な空しさというか、空虚感にとらわれていて、何をしてもおもしろくない。食いっぱぐれないようなんとか仕事だけはしているが、働いて、食べて眠ってまた起きての繰り返しに何の意味があるんだ?
捨て鉢な気分で帰宅し、ソファに倒れこむ。するとテーブルの上にあったPR誌に目がとまった。住んでいる沿線のPR誌だ。わたしがいつも読んでいるのを知っていて、娘が持ち帰ってくれたのだろう。
お目当ては理学博士の、佐治晴夫先生のエッセー。先生は宇宙創生にかかわる「ゆらぎ」研究の第一人者なのだそうだ。理論物理学の見地から世の中の事象を説かれるのだが、音楽や文学にも造詣が深い。
「音楽は静けさから生まれる絵画」、「永遠とは現実のなかにただよう“おもかげ”なのかもしれません」といった文章を読むと、物理学って詩なのかと思う。さっそくページを広げると、今回はこんなフレーズに目がとまった。
「宇宙とはもともとスカスカの『真空』に近い空間なのです」
「私たちの体もほぼ「『真空』です。すべての物質を作っている原子の中身が“からっぽ”の空間だからです」
え、そうなの? 宇宙はともかく、自分の体が真空とはびっくり。肉や骨が詰まっているのに? でも原子レベルで見ると「真空」ということになるのだという。
よくわからないながら、わたしは妙に納得した。なんだ、それならわれわれが空しさ、空虚感を感じるのももっともじゃないかと。
からっぽだから自分を満たそうとする。食べ物、飲み物、異性や子ども、仕事や趣味、ゴシップ、ゲーム、スマホ、ギャンブル——。
からっぽだから常に何かを摂取したり、何かやっていないと存在が安定しないのかもしれない。ときにそれが依存症と呼ばれるほど極端になることもある。どうしても切実に“それ”が必要なのは、からっぽだからなんだ……。
からっぽだからさびしくて、他者に惹かれ、外界に魅了される。それがまた相思相愛とはいかないし、複雑に利害・感情がからむから、トラブルや憎悪も生まれる。からっぽって厄介だ。
もしわたしたちがからっぽでなかったら。そしたら世界はどうだったんだろう?それはどんな世界だったんだろう?
そんなことを思いながらつづきを読む。
「最近の研究によれば、真空には、目には見えない何かが詰まっていて、かすかに“泡立ち”、“ゆらいでいる”らしいのです / どうやら、私たちの宇宙は11次元の世界で、見えているのは、その一部の3次元だけのようです」
ふーむ。「私たちのからだは『ほぼ』真空」と書かれていた、その「ほぼ」というのはそういう意味か。目に見えない部分がゆらいでいるのか……。
もし、わたしたちがからっぽでなかったら、「泡立ち」も「ゆらぎ」もなかったら。
他者を欲することもないのだろう。外の世界もいらない。ダイヤモンドのように硬く自己充足し、恒星のようにひとりで立っていられるのかもしれない。
われわれを日々うんざりさせるさまざまなナンセンスも、殺戮も戦争もないのかもしれない。奪うものもなければ、殺すこともない。そこにあるのは真空、つまり「無」だけだから。
生きることに怯えることも、空虚感に悩むこともないだろう。苦しみからおさらばできる——そんな境地に憧れないではない。
さらに読み進むと、
「私たちの心の中には(まるでホログラムのように)たくさんの思いや風景が畳み込まれていて、これらの見えない心の側面が何かのきっかけで共振する」
それが共感ということだと先生はいう。
わたしたちがからっぽでなかったら、空しさも感じないが、共振も共感もない。暗い淵に落ち込むこともないかわりに、虹のうつくしさに感動することも、それをほかの人に伝えたいと思うこともないということだ。
うーん。それはやはりさびしいかも。
あれこれ思いながら読み終えて、最後にあれよと思った。先生の理論によると恒星もダイヤモンドもからっぽなはず。いろいろ考えたわりに正しく理解してないじゃないか……。
まあとにかく、わたしたちの体がスカスカのからっぽというのが、空しさを感じる理由として腑に落ちた。そのようにできてるんだからしかたないと。勝手な解釈だけど。
さあて疲れた、おなかも空いた。冷蔵庫をのぞいたが買い物に行けてないので何もない。棚や引き出しも探ってみるが、めぼしいストックは見つからない。がっくりだがしかたない。ポップコーンとコアラのマーチを取り出した。今日のところはこれでとりあえずからっぽを満たそう。
食べながらふたたびPR誌の誌面に目を移すと、連載エッセーの題名が目に入った。「宇宙のカケラ」。どういう意図でつけられたかは知らないが、思えば自分もそのひとつ……。
からっぽのカケラがコアラのマーチを食べている——。
〜終わり〜
*「宇宙のカケラ」と題する、こんな本も出版されているようです
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UnsplashのGreg Rakozyが撮影した写真, Thank you!