日々のよろこび

ヒュッゲな晩餐、最後はワイルド

 

ヒュッゲ(hygge)、という言葉を数年前に知った。ニューズウィーク誌を見ていたら、トレンド英語ワーズのなかに入っていたのだ。デンマーク語で、居心地の良い空間に満足感を感じたり、小さなことに幸せを感じるなど、デンマーク人の心の持ち方を指すそう。英語圏でも注目される言葉となった。

それを体現するような楽しいディナーが、先日、あった。いっしょに食卓を囲んだデンマーク人の友人が、「今晩はまさにヒュッゲな夜ですね」とお墨付きをくれたので、なるほど、こういうのをヒュッゲというんだと、その意味がよくわかった。で、彼にそう言わしめた夕食会の様子をご紹介したい。

 

ディナーを開いてくれたのは、山梨の自然豊かな別荘地に住んでいる、友だちのA子さん夫妻。A子は大学からの親友で、ジュエリーデザイナー。山菜採りの名人で、料理の達人でもある。夫妻は田舎暮らしが世間で話題になるずっと前に、いち早く東京を抜け出し、森のなかの素敵な一軒家で暮らしている。

偶然にも、その近くに大学時代の友だち、B子さんが住んでいることがわかった。それで、B子さんと、そのだんなさんであるデンマーク人のCさんもいっしょにごはんでも、ということになった。わたしもおまけで呼ばれ、東京から駆けつけ、A子夫妻、B子夫妻、わたし、というメンバーで、A子の手料理をよばれることになった。

 

 

まず、この晩餐会の女主人であり、愉快な人物であるA子について説明を。

A子は愛情深いひとで、その愛は人や動物に限らず、虫、食べ物、欠けた皿や穴のあいたセーター、ゴミに至るまで、徹底している。欠けた皿には金継ぎをほどこし、セーターにはかわいいアップリケをつける。傷んできた思い出の椅子には、亡くなったお父さまのセーターをかぶせ、ユニークなオブジェにしている。

室内に迷い込んだコウモリに話しかけ、うまく誘導して外に出してやる。畑を荒らしにくる猿一家とはたたかうが、多少は大目に見て、大根をくれてやる。ゴミのコンポストには自らの工夫で、少量の糠と、なんとか発酵液なるものを吹きかけ、匂いのしない、栄養豊富な肥料にし、大地に返してやる。生活の万事にアイデアが豊富で、工夫のひとなのだ。

 

そんな彼女が準備してくれたのは、山梨県で増えすぎて困っているという、鹿の料理だった。

県から頼まれて害獣駆除をしている知り合いがいるが、鹿が獲れすぎて処分に困っている。肉を販売できればいいのだが、駆除の代金を県からもらっているので、売ってはいけない決まりなのだとか。

せっかくの肉を捨てるしかないなんて、もったいなさすぎる。鹿もかわいそう…。というわけで、時々、ただでわけてもらうのだそうだ。

A子いわく、いい水飲んで森のなかを跳ねまわり、きのこの季節ともなれば真っ先に松茸にありつき…そんな鹿肉がおいしくないわけがない。条例を作り直し、害獣駆除で仕留めた鹿肉をむだにしないよう、鹿肉の専門店など作って、県内産業にできないのか。

そんな思いを抱きつつ、鹿肉をいかに臭みなく、おいしく食べられるか、工夫していたとのこと。それがこのところ、うまくできてきたので、晩餐会のメインは鹿に決めた、と。

 

 

鹿肉ロースのロースト。そして、鹿のミートボールのシチュー。どちらも甘やかな味とコクで、たいへん美味であった。

ローストにした鹿肉ロースは、赤ワインと香草でマリネしてある。赤身で脂身がほとんどないのに、とてもやわらかくて歯切れがいい。ふだん肉は食べないというB子さんも、ぱくぱく食べていたぐらいだ。

ミートボールのほうは、トマト、玉ねぎ、人参のブラウンソースと相まり、いかにも滋養がある感じ。前菜で、メロンと生ハム、モッツアレッラとトマト、サーモンのマリネとディルといったご馳走を食べた後にもかかわらず、みんなおかわりした。絶品。すっかり鹿肉のファンになった。

ちなみに、ディルはB子さんのだんなさんのCさんが畑で育てたもの。サーモンによく合う、少し甘めの香草だが、フレッシュなものはふつうなかなか手に入らない。それが、今回はふんだんにあったので、ふんだんに使って食べることができた。

 

 

言い遅れたが、そのディナーを囲むこととなったA子夫妻のおうちが、また、とてもくつろげる雰囲気なのだ。

一階の広いスペースには、森を眺めるサロン、暖炉のあるリビング、キッチン。キッチンにはいろんな調理器具がぶら下がっていて、となりのパントリーには、梅干しやらっきょなどを漬けている壺が、無造作にずらっとならんでいる。いい感じに生活感があって、落ち着けるのである。

でも、決して所帯染みているのではない。壁にかけられたデッサンや日本画、A子が自分で描いた油絵、あちこちにさりげなく飾られた、おもしろい置物やオブジェが、この家の主人の並々ならぬ美意識を感じさせる。

室内を照らすのは、いくつかの、スタイルの異なる照明器具だ。パリの蚤の市で買ったシャンデリア、古道具屋で見つけたライトスタンド。捨てられようとしていたのをもらってきたステンドガラスのアーチライトなどが、闇のなかにほわっと黄金色のスポットを作り、陰影に富んだ温かみを生んでいる。

 

おなかもすっかりくちくなり、しゃべり疲れてちょっと静かになったとき、Cさんが言った。

「いや〜、なにもかも最高だ。これは、母国のデンマークなら、『ヒュッゲ』っていうようなひとときです」

わたしは、おっ、と耳をそばだてた。気になっていた「ヒュッゲ」ということばを、実際に耳にするのははじめてだ。

「まず、おうちの雰囲気と照明です。夜で外は暗く、室内も暗いが、食卓だけが暖かい色で照らされていて、それがとてもくつろげる雰囲気を作っている。集まったのは気のおけない友人たち。料理は大ご馳走だけど、材料は猟師の知り合いから分けてもらった鹿肉だったり、ぼくが畑で作ったディルやトマトだったり、家庭的で無理がない。で、親密な雰囲気になって、おしゃべりも弾む。いやー、ヒュッゲ、ヒュッゲ!」

そうか。これが話に聞いていたヒュッゲなのか…。ヒュッゲの国の人からそのことばを実際に聞けて、大満足。わたしたちもCさんにならい、ヒュッゲ、と発音してみたが、英語やラテン語にはない、独特の発音だ。何度やってもうまく発音できなかった。

 

 

晩餐の後はディスコナイト。A子夫妻が用意しておいてくれた80’sのヒット音楽で、踊りまくった。

A子はサービス精神旺盛で、ダンスもうまい。ちょっとお下劣な振り付けなんかもうまく入れて、「カモ〜ン!」なんて迫ってくるので、みんな大爆笑。心もからだも、飛んで、跳ねて、ノリまくる。

 

大汗をかいたので、涼みに、外へ。木々に囲まれた真夜中の別荘地は、静かで、真っ暗。玄関前のポーチに座ると、家の窓から洩れる薄明かりでおたがいの顔が見える程度の、いい感じの暗さだ。

ここでA子は、暑いから脱いじゃお、脱いじゃおと、率先してシャツを脱ぎ、なんとブラ一枚になった。さすがA子…とおののいていたら、あんたも脱ぎなさいと言われ、従った。だって、女主人がそうきたら、期待にこたえなくては。

と、B子もとなりで潔く脱いだ。大学時代からずっと会ってなくて久しぶりだったうえ、帰りの運転を考えてお酒を飲まず、シラフだったにもかかわらず。さすがわが学友たち、ノリがちがう!男ふたりも、こんな自由人の奥さんたちをもらっただけあって、目くじら立てることもなく、余裕で、にこやかに会話している。

こうして、還暦を間近にした女三人は、星空の下、ブラ一丁で涼みながら、女主人が入れてくれた本格英国式紅茶とマカロンを、おいしくいただいたのであった。

 

久しぶりに味わった、この自由さ、解放感!ふだん、どうでもいいことにあれこれ悩み、人の顔色をうかがっているけど、そんなことホントに、もう、どーでもいい。そう、心から思えた夜でした。心とからだのおもむくままに踊り、星空の下、半裸になって友と語らう、笑う。生きる醍醐味はここにある!

 

いちおう、親友、A子の名誉のために付け加えると、自分から脱いだのも、ちょっとお下劣なダンスも、ゲストをくつろがせようという愛情と、おもてなしの心からだ。(まあ、さすがに相手は選んでいる)

これを見ていて思い出したのが、英国女王のエピソード。晩餐の際、お客のひとりがマナーを知らず、フィンガーボールから水を飲んだのを見た女王が、客に恥をかかせないため、自分もフィンガーボールから水を飲んだという。

真偽のほどはさだかでないが、おもてなしの心というのは、そういうものではないか? かしこばるばかりが能ではないのである。

昨今、レストランに行っても、やたらうやうやしくされたり、料理や材料について仰々しくレクチャーされるので、うんざりしていた。それと反対に、山梨での夜はすべてが自然でさりげなく、でも、しかるべきところには細かく神経が行き届いていて、居心地がよかった。

 

気持ちよくもてなしてくれたA子とだんなさん、いっしょにノッてくれたB子とCさん、ありがとう!ヒュッゲな晩餐会、最高でした。

また、遊ぼうね。

 

〜〜〜終わり〜〜〜

 

*ちなみに、A子さんのジュエリーはこちらで見ることができます↓

https://www.instagram.com/ayukoide/?hl=ja

 

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ABOUT ME
湊夏子
長いイタリア暮らしを経て、帰国。日英伊の3か国語でメシの種を稼ぎ、子どもを育てているシングルマム。