女性・生き方

フレンチビッチの爪の垢

 

大谷選手の結婚相手が、マクロン大統領夫人みたいに二十四歳も年上——だったりしたら、おもしろかったなあ。

夫も子もある身だったのが、まだ甲子園児だった大谷に惚れられた。彼女は夫と離婚し、ふたりは静かに潜伏し、恋を育んでいた……なんてね。そしたら日本のメディアはどんな反応をしただろう。複雑な恋愛、年齢差のある結婚を、どう報じただろう。大谷とゴールインした年上の女性は、どのようにふるまっただろうか。

つい、そんな妄想をしたのは、こないだ見たNetflixのドラマ「エミリー、パリへ行く」の影響。エミリーの上司であるフランス女、シルヴィーの、胸のすくようなセリフにシビれて。

シルヴィーは年のころ、五十代後半。パリでマーケティング会社を経営する、有能でファッショナブルな女性だ。

タフで、エゴイストで、いつも仏頂面をしているが、ここぞというときは華やかな笑顔で人を魅了する術も知っている。男にモテ、プライベートでは自由恋愛を楽しんでいるという、かっこいいフレンチビッチ(性悪女)なのだ。

しかし、そんなツワモノのシルヴィーでも、やっぱり年齢のことでイヤな思いをさせられることはある。

ある日、ゲストを招いてのレストランでの会食に、ぐーんと年下の男とあらわれたシルヴィー。

勘違いした給仕に、「息子さんはなにを召し上がりますか」とたずねられ、その場が凍りついた。シルヴィーも隙をつかれ、一瞬狼狽するが、すぐに艶然とほほえみ、年下男を抱き寄せると、

「息子はわたしを食べるの」

そして、一同の眼前で濃厚なキスをしてみせた。

ああ、もう、痛快!この機知、この気概。シルヴィーの爪の垢でも煎じて飲みたいぐらいだ。

このシルヴィー、パーティーでは胸開きの深い、というか、おへそまで開いているような大胆な赤いドレスを着こなしちゃう。仕事着でもスカートには深いスリットが入っていて、きれいな脚の、太ももの上までチラッとのぞく。年相応におとなしめの服にしておこうなんて死んでも思わない。自分のスタイルを貫き、どこまでも前向きに攻める、気骨ある女性なのである。

シルヴィーを見ていて、はるか昔、パリでの出来事を思い出した。

まだ二十代前半、はじめてパリに行ったときのことだ。道がわからず、カフェテラスにすわっているカップルに道をたずねた。すると女がにらみつけ、「なんでわたしたちに聞くのよ。だれか他の人にたずねて」とぴしゃりと言い捨てた。びっくりした。道ぐらい教えてくれてもいいじゃないか。

意地悪、と、捨て台詞を吐いて立ち去ったが、しばらく怒りがおさまらなかった。

しかし、今思うと、なかなかあっぱれなビッチだった。自分たちが甘いひとときを過ごしているところを、通りすがりの観光客に邪魔される所以はないのだ。

世界の中心は自分、と、自分を最優先できる。無理していい人になろうとしない。こんなビッチが棲息できるフランスという国、やっぱりすごい。日本だったらバッシングされたり、イタいって批判されて、生きていけずに死滅しちゃうだろう。

イタリアはちょっとちがう。日本よりはよっぽど自分本位ではあるものの、イタリアでは、まわりからsimpatico(感じいい)と思われることはとても大事。家族とか、同郷人とか、集団への帰属意識が強いからだろう。フランスみたいに(みんながそうだとは言わないが)唯我独尊を貫ける感じではない。特に女性は家庭を大事にすることが期待される。イタリアで悪い母親というのは、ちょっと生きにくい。

一方、フランス映画などを見ると、そうでもない。あくまでわたしの狭い、個人的な見方に過ぎないが、フランス女性は母親であっても、個人としての生を優先しているように見える。おどろくほど自由に、強く、自分の個を生きている。そんな、まわりに忖度しない生き方をすれば、争いも絶えないだろう。たくさん傷つきもするだろうが、それは自由の代償と腹をくくっているのだろうか。

(たとえばイザベル・ユペール主演の映画「Elle」。ヒロインはタフで、不遜で、だれかに理解されようなんて1ミリも思ってない。痛快!)

映画「Elle」を見る

 

さて、大谷選手に話を戻すが、結婚相手の方、これから大変だろうなあ。日本もアメリカも、社会規範の縛りが強い国である。特に日本は謙虚であることが美徳とされているから、ふるまいもむずかしい。

先日、韓国に試合を観に来ていた奥さんが、特別席ではなく、一般席にいたことが美談のように報じられていたが、彼女がシルヴィーみたいに不愛想に、大胆不敵な服装で来ていたら、なんて言われたことだろう。まあ、大谷選手がシルヴィーみたいな女性と結婚するわけないけど。

で、なんでこんな話をするかというと、シルヴィーみたいなフランスビッチに憧れているから(笑)。

いい人、ちゃんとした人のふりするのをやめて、彼女たちみたいに奔放にふるまいたい。愛想笑いも、忖度もしない。正しいか、正しくないかなんて考えないで、やりたいようにやる——いいなあ。もうじき還暦だけど、今からでも変えられるかなあ。

しかし、そんなばあさんが増えたら、日本はどうなっちゃうのか。妄想してたら、楽しくなってきた。

 

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UnsplashCaroline Hernandezが撮影した写真 Thank you!

ABOUT ME
湊夏子
長いイタリア暮らしを経て、帰国。日英伊の3か国語でメシの種を稼ぎ、子どもを育てているシングルマム。