紅茶にひたしたマドレーヌの香りに少年時代の記憶を呼び覚まされたプルースト。ではないが、真夏の青空と蒸し暑さで思い出されたヴェネツィアの食べ物がある。ボヴォレッティ。
ボヴォレッティ(bovoletti)とは小さなかたつむりの意。直径1〜2センチぐらいの大きさで、つぶ貝などと同様、つまようじで引き出して食べる。
夏季、リアルトの魚市場ではこのボヴォレッティをよく見かけた。生きたまま売っているのを買ってきてよく洗い、茹で、イタリアンパセリ、刻んだニンニク、塩、オリーブオイルをかけ、しばらく置いて味をなじませればできあがり。
小さな殻からつまようじでひとつひとつ中の身をつまみだして食べる。しっかりした味つけとコリコリした舌触りを楽しむ。おともはよく冷えた白ワイン。つまみだすという行為にいつのまにか熱中し、ふたりだとボウル一杯ぐらいあっというまになくなってしまう。
はじめて食べたのはたしか、リド島のスキューバダイビングの仲間たちと。
ダイビングが終わり、ビーチの片隅にある教室というか、オンボロ小屋に戻ると、よくそこでみんなでお昼を食べた。お昼といっても小屋に置いた簡易ガスコンロでスパゲッティを茹で、市販のトマトソースをぶちこんだだけの素朴なものだが、水着のまま砂浜でわいわい言いながら食べるのは楽しかった。
そんな裸のランチにときどきボヴォレッティが加わった。気の利く人がいて、自宅で用意して持ってきてくれるのだ。ボヴォレッティがあるならワインもあけるか、となり、紙コップの中身が水から白ワインに変わる。スキューバで疲れたからだにアルコールが入ると眠くなり、ビーチの木陰で眠ってしまう。
そんなことがあって味を知り、ある日自分でもつくってみることにした。(といっても洗って茹でてあえるだけだけど)
魚市場に出かけると、氷を張ったカウンターに小さなかたつむりたちがうようよぞろぞろしている。その光景にちょっとたじろぎながらも、レジ袋一杯分を買い、帰ってきた。とりあえず冷蔵庫に入れ、仕事のためすぐまた外出。夕方に帰宅し、さて調理しようと冷蔵庫をあけると——。
数匹のかたつむりが袋を抜け出し、冷蔵庫を這っている——。さいわい抜け出したのは十匹ほどだったのでどうってことなかったが、全部抜け出していたら悪夢のような光景だったろう。
ぎょっとしながらもかたつむりをつかまえ、これはもうタイムリーにかたづけねばと調理にかかった。よく洗い、湯をわかし……ちょっとしのびなかったが茹でさせてもらった。
しばらくして帰宅した夫に興奮気味にボヴォレッティ逃走事件について告げたら大声で笑われたっけ。今後は逃げ出されないよう、袋の口をしっかりと閉めておかないと。
まぁ、ボヴォレッティはおいしくできた。蒸し暑い夏の夕べ、窓を開け放ったダイニングルームで暑い暑いと汗かきながら夫と食べた。天井でまわっていたシーリングファンの羽根の音、だんだん濃さを増す青い夜空、外から聞こえるゴンドラ・セレナーデ、汗をかいたワイングラス……五感がおぼえているそんな夏の記憶。
夏といえば花火。いみじくも今日はヴェネツィアの夏の大花火、レデントーレのお祭りの日だ。
この夜ヴェネツィアでは多勢の人が船でサンマルコ湾にくり出し、海上から花火を楽しむ。隅田川の花火で周辺の橋や道路が人で埋まるように、サンマルコ湾は地元の人々の小舟で埋めつくされる。
わたしも一、二度、友人の船に乗せてもらったことがあり、船に持ち込んだワインや食べ物のなかにそういえばボヴォレッティがあったなと思い出した。
レデントーレの花火は毎年七月の第三土曜日におこなわれるが、この時期はヴェネツィアでももっとも暑い時期だ。潟のなかにあるせいか、ヴェネツィアは夏はわりと蒸す。日本ほどではないものの、相当蒸し暑くなる日もある。
船からレデントーレの大花火を見た日も熱帯夜の夜で、もうだれがいたかもはっきりおぼえていないのに、汗や喧騒にまみれた熱の記憶、そんななかで食べた小さなかたつむりの味だけは今も肌に、舌に刻まれている。
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