BBCドラマのファンだ。たまたま見ていいなと思ったらBBC作品であることが多く、しだいに自分のなかでBBCの株が上がっていった。
BBCのドラマはとことんシブい。設定も地味だし、俳優さんたちも知らない顔が多いが、主役から脇役までみごとにリアルな人間臭をかもしだしているのがすごいと思う。
「刑事モース」、「刑事リバー」、「コール・ザ・ミッドワイフ」ほかお気に入りの作品はたくさんあるが、今回紹介したいのは「ハッピーバレー」。数年前に見て夢中になり、最近アマプラでやっているのを見つけてまた見てしまった。
舞台はイギリス、緑のゆるやかな丘陵がつづくウエストヨークシャーの田舎町、ハッピーバレー 。
イントロを見て毎回苦笑してしまうのだが、タイトルがなんとも人を食っている。「幸せな谷」なんて、ずいぶんアバウトというか、投げやりなネーミングじゃないか。そこにまたノーテンキな音楽が流れるので、センスのない安っぽいドラマかと思いきや、実際は幸せどころか地獄の谷、ヴァイオレンス満載のハードな復讐劇なのだ。この皮肉さはイギリス人の好みなんですかね?
主人公は五十がらみのベテラン女警察官、キャサリン。職場でも地域でも尊敬されている敏腕警察官で、女手ひとつで8才の孫の男の子を育てている。が、孫といっても超絶に複雑だ。というのもその子は、キャサリンの娘がチンピラにレイプされて産んだ子なのだ。
当時まだティーンエイジャーだった娘は、レイプのことも妊娠もどう親に告げたらいいかわからないまま悩み、出産すると首をつって自死してしまう。
娘に死なれ、憎いレイプ男の血をひいた孫を残されたキャサリン。彼女は苦悩しながらも、子どもに罪はないと育てることにするが、夫はそれに耐えられず家を出てしまう。こうして家庭は崩壊してしまう。
キャサリンはひとり、孫の面倒を見るため、キャリア刑事の道を捨て、地元の警察官にステップダウンした。
管轄のハッピーバレーは、ハッピーとは名ばかりの薬物犯罪がはびこる荒んだ町で、貧困にあえぐヤク中や売春婦、ギャングらが日々犯罪をくりかえす。その取り締まりに日々奔走しながらキャサリンは孫を育ててきた。
8年後、憎いレイプ男が出所してくる。男はレイプ犯というだけでなく凶暴なサイコパスのようで、またもや犯罪事件が起きる。しかも男は孫にまで触手を伸ばし……キャサリンは宿敵から孫を、人々を守るため必死で立ち向かうが——。
3シリーズを通してキャサリンはまったく笑わない。目は憂いをたたえ、くちびるはいつも閉じられたままだ。少しでもゆるめると泣いてしまうからかもしれない。彼女の心は深い傷と哀しみをかかえ、崩壊ぎりぎりのところにある。
娘を救えなかった自責の念。憎い宿敵の子である孫。その孫の存在を否定して出ていってしまった夫。娘の命を奪った凶悪レイプ男への憎しみ……。
つらくてなにもかも投げ出したいと思うが、自分には娘のかたきを打つという使命が、凶悪犯罪者をつかまえるという責務がある。が、警察の上司や同僚はあまり熱心ではなく無策で——結局すべてはキャサリンの肩に重くのしかかり、しかも逃げられない。
そしてなによりキャサリンを悩ますのが、肝心の孫だ。学校でしょっちゅう問題をおこす問題児で、性格的にも読めないところがある。それはやはり、あの憎いアイツの血のなせるわざなのか……。キャサリンの苦悩は深い。
にもかかわらず、泣きごともいわず、家でも職場でも粛々とやるべきことをやりつづけるキャサリン。その強さ、勇気、責任感にしびれる。が、そんな彼女が哀れでもある。
あるとき、キャサリンは身を賭して若い女性をサイコ男から守り、女王陛下から感謝されることになる。なのにそんな栄誉さえもキャサリンの心にはひびかない。
キャサリンはだれにも頼れない。キャサリンより強い人がいないから、結局自分でなにもかもしなければならない。孤独で折れそうになる心……それをなんとか持ちこたえ、親として、祖母として責務を果たし、宿敵を相手に死力を尽くす姿は最強で、とってもとってもかっこいい。
また、当ドラマも脇役までみんな個性が光っている。
サイコパス・レイプ男はたぶん有名な俳優さんだと思うが、イカれているさまがリアルでマジ怖い。しかしそんな彼も絶望的な現実の産物なのだ。
利己心から犯罪を思いつく会計の男は、小心者かと思うと開きなおるところが人間洞察が深いと思った。また荒れた団地に住むチンピラ・ゴロツキどもの汚さとみじめさは気分が悪くなるほどだった。
孫の男の子は天使のような顔をしているのに、ときおり小悪魔的な言動でこちらをぞっとさせる。子役のキャラなのか演出なのか知らないが、うまい、と唸った。
*現在、Amazon Prime Videoで視聴できるようです
Happy Valley/ ハッピー・バレー 復讐の町(字幕版)
★最後までありがとうございました。ブログランキングに参加しています。よかったら応援クリックしていただけるとうれしいです。
にほんブログ村
UnsplashのErik Mcleanが撮影した写真, Thank you (イメージ写真です)
