アート

湊雅博 写真集「FUSION:環」刊行記念展を見に、森岡書店に行ってきた

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一冊の本だけ売るサロンのような本屋、森岡書店 銀座店で展示。作り手と買う人が交流

友人の写真家、湊雅博さんの新しい写真集「FUSION:環」刊行記念展に行ってきた。

場所は「一冊の本を売る本屋」のコンセプトで、今、注目を集めている森岡書店 銀座店。一週間に一冊の本だけをフィーチャーし、ギャラリーのような店内で展示・販売を行う。

店主である森岡督行さんが、本を作った人と買う(読む)人がより近い距離感でいてほしいと2015年にオープンした、サロンのような書店だ。

湊さんの写真集「FUSION:環」は、5月28日から6月2日までの間、同書店で展示・販売された。

会期中はたくさんの人が訪れ、本の作り手である湊さん、本屋店主の森岡督行さんとの交流の場となった。

Photo of Morioka Book Shop in Ginza area.銀座の中心街から離れた、歌舞伎座周辺の落ち着いたエリアにある森岡書店 銀座店。風情のある築90年の古いビルの一階が店。戦前に、写真家、名取洋之助率いる編集プロダクション〈日本工房〉が事務所を構えていたこともある場所だ。 

 

50代後半から作家活動を再開した写真家、湊雅博さん

湊さんは1947年生まれ。音楽や広告の世界で商業写真家として長いキャリアを積んだが、50代後半から、若い頃に情熱を傾けたシリアスフォトに再び軸足を移す。

2004年の個展を皮切りに、作家として数多くの個展・グループ展に出展。また、他の写真家の写真展、写真集のディレクションも行い、若手の写真家たちのコミュニティー作りにも取り組んできた。

このたび出版された「FUSION:環」は、1978年出版の「海–NO MARITIME MIND」(Trans Inc.)、1986年の「海」川崎洋(詩)&湊雅博(写真)(沖積社)以来、3冊目。湊さんの集大成となる写真集だ。

左が写真家、湊雅博さん。右が森岡書店店主、森岡督行さん

 

「見捨てられた事物、物語に成長しなかった断片」に光を当てた写真集

写真集「FUSION:環」を手に取った人は、まず外観に驚くだろう。

通常、表紙は写真であったり、タイトルがあったりするのに、何もない黒い表紙。しかし、光に晒すと浮き彫りのような感じで「FUSION」というタイトルが目に入ってくる。

この「見えないものを見ようとする」というのが、湊さんの写真集のテーマへのとっかかりとなっている。

湊さんの写真は一見、何を撮っているのかわからない。作品によっては、写真というより、抽象画に見えなくもない。

しかし、よく目を凝らしてみると、被写体がなんとなくわかってくる。光を受けてマーブル模様を描く泥土、おびただしい傷を晒す廃材の肌理、宇宙写真かと見まがう、土砂の堆積と風紋…

端正な構図、モノクロの精緻な階調の美しさに圧倒される。同時に、写真の意味や文脈が捉えられず、戸惑う。

しかし、まさにこれこそ、湊さんの狙いらしい。

「人は普通、写真を見ているようで見ていない。見ているのはそこに写っている対象で、その対象の持つ意味を見ていることが多い。人が見た時に意味がわからないような写真を撮ったら、人はどういうふうに感じるのか。そんな写真は成立するのか、自問しながら撮ってきた」と、展覧会のトークイベントで語っている。

また、写真集の自序で、次のようにも書いている。

「対象の持つ意味を極力排除して事物のありようをトレースする。意味はそのモノに無く、その外側に浮遊している」

確かに、私たちの目は、生まれたての赤ちゃんが初めて世界を見るようには見えない。私たち大人の目は、世界を認識しようと、すぐに意味、文脈を探してしまう。

そして、自分の認識という色眼鏡で物事を捉えがちだが、現実は、どのモノも、事象も、こちらの思惑とは独立して存在している。

写真集に収められた写真は、湾岸地帯の埋立地や荷役埠頭の空き地、廃材置き場といった場所で撮られたそうだ。どれも人に見捨てられた、見向きもされない、目を凝らさなければ気もつかないモノたちである。

写真家はこれら、「物語に成長しなかった断片、概念に成長しなかった断片」の存在を知覚し、光を当てた。

この巨大な世界の中で、捨てられたモノ、断片でしかないモノにも、存在の輝きと哀しみがある……神は細部に宿るという言葉があるが、湊さんの写真を見ていて、そんな言葉が頭に浮かんだ。

そして、同じく断片として存在している自分、否応なく生み出され、この世の片隅に存在させられている自分と、何か共鳴するような感覚も覚えた。

普段無意識にやってしまっている「見る」という行為の意味を、見る側に問いかけてくる写真集である。

さてしかし、「FUSION:環」はそういうことを置いても、いつまでも眺めていたいような美しい写真集だ。

光と影の精緻な階調。手に取ったときの収まりの良さ……

自費出版で予算も限られるなか、印刷会社と製本会社の惜しみない協力を得て、印刷のトーンや質、紙の選択、製本の仕上がり具合に関して、何度も試行錯誤を重ねてできあがったという。

納得のいくトーンに仕上がったのは、光村印刷の惜しみない協力のおかげという湊さん。インクの量、乗せ方、紙との相性……光村印刷チームとの試行錯誤でできあがった美しい階調を、森岡さんは「湊ブランド」と称した。

「圧倒的な熱量のある本を取り扱いたい」と、森岡書店店主の森岡さん。

湊さんの写真集を「一週間で一冊の本だけ売る」森岡書店で取り扱った理由について、店主の森岡さんに尋ねてみると、次のように答えてくださった。

「どうしても世の中に出さなければならない本や著者といったものがあります。どうしてもこれだけは言っておかなければとか、これだけは提示しなければならないといった内容の本です。そういった熱量のある本を取り扱いたいと常々思っていて、湊さんに一年半前に写真集の計画と写真を見せてもらい、ぜひご一緒したいと思い、今日に至りました」

出版不況で本屋さんが次々と店を畳んでいる今日の日本で、一週間に一冊の選りすぐりの本しか売らないという森岡書店も、相当に熱量の高い本屋さんだと思う。

世の中のメジャーな流れとちょっとちがうやり方をするというスタンス、質と内容へのこだわり、熱量の高さ……湊さんと森岡さんにはこうした共通点がある。

展示も、湊さんの写真のモノトーンと、森岡書店のコンクリート壁と鉄のフレームが呼応して、ひとつのまとまったアーティスティクな空間を作り上げていた。

いつかまた、お二人の次のコラボレーションを見てみたい。

 

湊雅博さんの写真集はアマゾンにて購入可能。
https://www.amazon.co.jp/FUSION-%E7%92%B0-%E6%B9%8A-%E9%9B%85%E5%8D%9A/dp/4883300005

湊雅博さんのホームページ。過去の作品、活動も見られる
http://www.masahirominato.com/

森岡書店 銀座店(営業時間13時−20時/月曜定休):店主の審美眼にかなった熱量のある本、作家に、一週間ごとに出会える。

@morioka_ginza
↑森岡書店にて開催する企画・イベントについての情報はこちらから。

光村グラフィック・ギャラリー(MGG)https://www.facebook.com/MitsumuraGraphicGallery/

 

今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。
ではまた。See you! A presto!
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トリリンガル・マム
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