エイジング

老いは第二の思春期?

 

若いころ、老いというのは到達点のように思っていた。人生の山を越え谷を越え、たどり着くところにはおだやかな高原があり、ようやくそこでゆっくりできる——

漠然とそんなイメージを抱いたのは、明治生まれの祖父の、泰然としたたたずまいを見ていたからかもしれない。それでなんとなく、両親もいつかそんな老年を過ごすのだろうと思っていた。落ち着いて、ゆったりと、夫婦仲良く。

が、そうでもないようだ。ふたりとも八十代後半に入ったが、全然祖父のようではない。

時代が変わり、ライフスタイルや価値観が変わったこともあるが、ふたりともアクティブに活動しつつ、夫婦げんかも派手にやっている。同時に、老いが進むことに不安を感じ、あらがっている……

そんな様子を見ていて、老年というのは、思春期とおなじぐらい心揺れる季節なのかもしれないと思った。

 

そう感じるようになったのは、四、五年前。子育ても終わり、父母も高齢になってきたので、以前よりしばしば実家に帰り、長い時間を親と過ごすようになった。

ありがたいことに父母はまだ元気で、頭もからだもしっかりしている。コロナ禍も乗り越え、母は小さな家業をつづけ、父もいくつかの役職をつとめている。

ふたりとも責任感が強く、立派にこなしているものの、いつまでつづけていけるのかと心許なさを感じているようだ。いつも大変だ大変だとこぼしているので、手伝うよというのだが、なかなか首を縦に振らない。

ではせめて家事など手伝おうと掃除などはじめると、母に「バタバタしないで」と叱られる。「でもいつも疲れるって文句言ってるでしょう?」と言っても、「バタバタされると小忙しい」といやがられる。その真意がよくわからなかった。任せてくれればいいのに、なんで任せてくれないのかと。

それでも無視してやってしまうと、「助かった」なんて言っている。じゃあ最初から黙ってやらせてくれればよさそうなものだが、なにか複雑な心理があるようだ。

ちょっとした段差でつまずいたりすることも増えてきた。そんなとき、「気をつけて」と声をかけたり、なぐさめたりしても、仏頂面をしていたりする。放っておいて、と言われたこともある。そういう反応が解せなかった。心配して言ってるのに、と、腹を立てたりもした。

このように、この数年、父母の心理がよくつかめず、ぎくしゃくすることも多かったのだが、ようやく最近、ちょっとわかったかもしれないと思った。父も母も自分自身の変化にとまどっているのだと。

明晰だった頭、丈夫だった身体、自分のいうことをずっとよく聞いてくれた心身の、そのコントロールが少しずつ利かなくなっていく——その気配に怯え、不安になっているようなのだ。同時に、自分はまだまだ大丈夫、という自負もある。不安と自負のあいだで心が揺れ動くのだろう。

母の本棚に「上手な老いの迎え方」なんてタイトルを見つけ、ちょっとじんと来た。そうか、いくつになっても明日というのは未知なものなんだ。七十になればその先があり、八十になればまたその先がある。長く生きて「見るべきほどのことは見つ」という心境になったとしても、そこで終わるわけではない。生きている限り、明日のことは常に初めてのことなのだ。

泰然と見えた祖父も、内心は不安や悩みをかかえていたのだろう。能天気な若者だった自分には見えていなかっただけだ。

 

御し難い心とからだを持て余す。その点において、老年期は思春期と似ているように思う。しかし、老年期が思春期と大きくちがうのは、自分が年長者であることだろう。

思春期の子どもには親や先生がいて気にかけてくれる。しかし、年長者はプライドもあるし、なかなか胸のうちを明かしにくい。孤独の度数でいうと、老年のほうがよほどきつい。

また、老年においては、容貌や頭脳、身体能力はおとろえても、心まで枯れるわけではない。むしろ、心はまだ若いままなのに、それを裏切るように頭やからだがおとろえていく。うーむ、老年期というのはきびしそうだ。でも、だれも老いを避けては通れない。

長い年月、拠り所でいてくれた父母。その晩年が、健やかでおだやかでしあわせなものでありますように……。でも、そのためには自分ももっと強く、やさしくならなければならない。

なかなか弱音を吐かない父母の本音を聞き出す傾聴力。彼らのテンポに合わせ、イライラせずに共感してあげられるやさしさ。つらい局面を乗り越える気力、体力、経済力……。うーん、むずかしそう。

非力ではあるが、寄り添っていきたい。最愛の父母が第二の思春期を、できるだけ心安らかに乗り切ることができますように……

 

 

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UnsplashMark Timberlakeが撮影した写真, Thank you!

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トリリンガル・マム
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